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やまぐちひさお
やまぐちひさお
novelistID. 68191
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くだものオオカミの悩み

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 ウルの姿が完全に見えなくなった時、初めてお父さんの目から涙が一筋こぼれおちました。

 その日から数年が過ぎました。子供だったルイも立派な青年になっていました。
今ではお父さんの代わりにヒツジの群れを統率しています。可愛いお嫁さんのラムちゃんとの間にたくさんの子供も生まれました。
 ルイは今でも時々、突然いなくなってしまったウルの事を思い出しました。あれ以来ウルからは何の連絡もありません。今日もルイが久しぶりでウルの事を考えていた時です。奥さんのラムがあわてて家に駆け込んできました。
「あなた大変。西の山のオオカミたちが山に食べ物がなくなってこっちへ向かっているそうよ。今カラスのおばさんが教えてくれたの」
「なんだって、それは大変だ。すぐにみんなを集めるんだ」
ルイは走ってみんなのところへ行くと大声でみんなを呼び寄せました。ルイのお父さんとお母さんも心配そうにしています。
「いいか、オオカミと戦っても絶対に勝てない。今のうちにみんなは東の山に向かって歩き出すんだ。途中の川に入ったら川の中を風下に向かってできるだけ遠くまで進め。遠くまで行って向こう岸に上がればオオカミたちも匂いを追って行けない、わかったか」
「お兄ちゃんはどうするの?」
妹のルナが聞きました。
「僕はここに残ってできるだけオオカミを足止めする。その間にみんなは川までたどり着くんだ」
 ヒツジのリーダーとしてルイは戦うつもりなのです。
 その時です。
「わしらが残ろう」
ルイのお父さんの声でした。
「わしらはもう年寄りじゃ。先は長くない。ルイお前はこれからもみんなの面倒を見なくてはならない。お前が死んでしまったらみんなはどうなる。ここはわしと母さんにまかせておけ」
「しかし…」
「しかしもくそもない。早く行け」
 両親の気持ちがよくわかったルイはうなずくとみんなを引き連れて東の山に向かいました。
(お父さん、お母さん、みんなを安全な場所に届けたらすぐに戻ってくるからね)
ルイは心の中でつぶやきました。
ルイたちの姿が地の果てに見えなくなった頃、反対側の西の山の方から小さな黒い影がいくつもこちらに向かってくるのが見えました。
「お母さんや、これは運命じゃな。あの時ウルを苦しませた罰が当たってるんだな」
「そうかもしれませんね。ねえお父さん、最後に一つだけ言わせて下さいね。あなたは立派なヒツジですよ。私は今でもあなたの事が大好きですよ」
 お父さんとお母さんは顔を見合わせるとニッコリと笑いました。もうすぐオオカミに食べられてしまう、そんな恐さはありませんでした。自分達が犠牲になって家族が助かるならそれで幸せだと思っていたからです。
 しばらくすると黒い影はだんだんと大きくなって近づいてきました。一番先頭にいるのはあのボロでした。オオカミは飢えているらしく、お父さんたちを見つけるといっせいに飛びかかろうと走ってきました。
先頭のボロが牙をむいてお母さんに飛びつこうとジャンプしたその時です。
ガシッという音がしてボロは真横に跳ね飛ばされて倒れました。何かがボロにぶつかったのです。ぶつかった黒いかたまりはお母さんの前にピタリと止まってオオカミの群れをにらんでいます。それは見るからにたくましい大きな青年オオカミでした。次の瞬間、お父さんの前にも黒い影がストッと立ちふさがりました。ばねのようにしなやかな体をしたメスオオカミでした。
「このヒツジたちは俺のものだ。この場所に立ち入る事は東の山のボスの俺が許さん。けがしたくなかったらとっとと西の山へ帰れ」
青年オオカミはボロたちに向かって鋭い牙をむいて吼えました。何頭かのオオカミが青年に飛び掛りましたが一瞬の内に彼に弾き飛ばされてしまいます。あまりの強さに恐ろしくなったオオカミたちはあわてて西の山の方へ走って逃げていきました。
 西の山のオオカミからは助かりましたがお父さんとお母さんにとっては同じ事でした。西の山のオオカミに食べられるか、東の山のオオカミに食べられるかの違いでしかありません 覚悟を決めてじっと目を閉じているお父さんとお母さんの前にいる二頭のオオカミはゆっくりと振り返ってこちらに顔を見せました。
大きく口を開けて牙をむくと東の山のボスオオカミは言いました。
「お母さんお腹空いたよ~。 ごはん作ってよ~」
 驚いて目を開けたお母さんの前に立っている青年オオカミは立派に成長したウルでした。
「ウル…」
 お母さんはウルに近づくとしっかりとウルを抱きしめました。
 お父さんも驚いて目を丸くしています。
「お父さんお母さんごぶさたしました。これは僕の奥さんのルルです」
 ウルは隣りに寄り添っているメスオオカミを紹介しました。
「はじめまして、お父さんお母さん」
 ルルはていねいに頭を下げました。とても美しいメスオオカミです。
「お母さん、私にもフルーツをご馳走してくださいますか?」
 ルルは少し顔を赤らめて恥ずかしそうに聞きました。
「もちろんよ。私たちの娘なんですから」
 お母さんはニッコリと微笑みました。
 その時、遠くからウルを呼ぶ声が聞こえました。心配したルイが川から戻ってきたのです。
ウルはルイの姿を確認すると、草原の空気を思い切り吸い込みました。そして身体中の息を使い果たすくらい大きな声で叫びました。

「ルイ、見~っけっ!」

 ルイの声と競争するように草原には爽やかな風が吹き抜けていきました。     
草原は今日もいいお天気です。

                 了