くだものオオカミの悩み
草原は今日もいいお天気です。
ヒツジたちがみんなでかくれんぼをして遊んでいます。
子ヒツジのルイも、背が高い草のしげみに隠れてオニが来ないかと様子をうかがっていました。その時です、ルイのうしろからそっと近づいてくる黒い影がありました。気付かれないように足音を立てず、ゆっくりとルイのそばへ近づいてきたのはオオカミのウルです。ウルはルイのすぐうしろまで来ると、大きな口をゆっくりとあけて鋭い牙をむき出し、すばやくルイの背中に飛びかかりました。
「ルイ、 見~っけ」
「なあんだぁ、後ろからきたからわかんなかったよ。 まいったまいった」
「僕の鼻は草原一だから、どこに隠れてもわかるのさ。今度はルイがオニだよ」
あれれ、何かおかしいと思いませんか。
そうです、オオカミのウルはヒツジと仲が良いのです。というよりもルイとウルは兄弟なのです。
「みんな、ごはんの時間よ~」
ルイのお母さんがおうちのほうからみんなを呼んでいます。
「はあ~い」「ほぅ~い」「ふぁ~い」「めぇ~い」「うぉ~い」
ヒツジの子供達とウルはいろんな返事をしておうちのほうへかけていきました。
テーブルの上にはお母さんが作ってくれた野菜のサラダとくだものがいっぱいならんでいます。 みんなはごちそうをおいしそうに食べ始めました。
ヒツジたちの間にはウルの姿もあります。 ウルは大好物のくだものをお皿いっぱいに取ると、ものも言わずにもくもくと食べ始めました。
「ウルは本当によく食べるなあ」
ルイが草をムシャムシャかみながら言いました。
「ルイ兄ちゃん、口の中に食べ物を入れたままおしゃべりしたらお行儀がわるいわよ、ねえお母さん」
ルイの妹のルナが言いました。
「そうよルイ、ルナの言うとおりよ」
「でもウルったら本当によく食べるんだもん」
ルイが言うとテーブルのみんなもそうだそうだと大笑いしました。
お母さんも、仕方ないわねと言いながら笑っています。でもお母さんの笑いは心の底から出てきた笑いではありませんでした。みんながワイワイとおしゃべりを続けている間、お母さんがふとさみしそうな顔をした事に気が付いたヒツジは誰もいませんでした。
ウル達が住んでいるこの草原はとても平和な場所でした。
ルイたちの一家がこの場所に引っ越してきたのは去年の春のことです。遠い親戚がすごくいい場所を見つけたからすぐに引っ越しておいでという手紙をくれたので、お父さんとお母さんは相談して引越しする事に決めたのでした。
その頃はまだルイたちが小さな赤ん坊だったので、回りに危険がないこの草原で自由に育てるのが一番いいとお父さんとお母さんは考えたのです。草原の場所は前に住んでいた場所からはずいぶん遠かったのですが、一家は三日三晩かけて移動してきました。
三日目の午後、あと半日くらいで草原に到着するという頃、ヒツジたちは森を抜ける道にさしかかりました。 その時どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきたのです。
お父さんが見に行ってみると大きな木の下に小さなゆりかごがおいてあり、中を覗いてみると毛布にくるまった赤ちゃんらしきものが入っていました。
毛布にくるまれているので顔は見えませんが大きな声で泣き続けています。
ゆりかごの中に手紙が一通入っていたのでお父さんはそれを開いて読んでみました。
『 この手紙を読んだあなたへ
この子は体が弱くて泣いてばかりいる弱虫です。
弱虫の赤ん坊はいりません。だれかにあげます。
持っていくなり食べちゃうなりして下さい。
赤ん坊のおかあさんより 』
その内容を見たお父さんはとても怒りました。
「何てことだ。自分の子供を食べちゃってもいいなどと書いて捨てていくとはなんてひどい親だ。そんな事は絶対に許さない。大丈夫だ、おじさんが立派に育ててやる」
そう言うとお父さんは赤ちゃんのくるまった毛布をそっと抱き上げました。そして顔が見えるように毛布をはいでみました。
「こっ、これは…」
驚いたお父さんは思わず赤ん坊を落しそうになりました。
かろうじて落さないようにしながらゆりかごに赤ん坊を戻したお父さんは腕組みをして考え込んでしまいました。
「これは困ったぞ。オオカミの赤ん坊じゃないか。オオカミなんかを育てたらあとで大変な事になる。これは見なかったことにしよう」
そうひとり言を言いながらお父さんがうしろを振り向くと、そこにはいつの間に来たのかお母さんが腰に両手を当ててお父さんをにらんでいました。
「お父さん、何を言ってるんですか。いま自分で育てるって言ったばかりじゃありませんか。あなたはそれでも男ですか」
「だってお前。オオカミの赤ん坊だぞ。オオカミはヒツジを襲って食べるんだぞ」
「そんな事は町に住んでるネコだって知っています。私が言っているのはたとえオオカミの赤ん坊でも、放っておいたら死んでしまうのがわかっているのにそのまま置き去りには出来ないということです。それにあなたも男なら一回言った事をちゃんと守ってください」
お父さんは少し考えていました。
「よしわかった、俺も男だ。 このオオカミをヒツジとしてちゃんと育ててやろうじゃないか」
「そう、それでこそ私が大好きなお父さんですよ」
お父さんはお母さんが大好きと言ってくれたのですごくうれしくなりました。実はお父さんも心の中では赤ん坊を放っておくのがかわいそうだと思っていたのです。
そんな時にお母さんが育てましょうと言ってくれたので決心がついたのでした。
その時からお父さんとお母さんはオオカミの赤ん坊にウルという名前をつけてルイたちと同じヒツジとして育てたのでした。 もちろん引越し先に住んでいた親戚のおとなたちはルイの家族にオオカミの赤ん坊が混じっていたのでとても驚きました。しかしお父さんとお母さんの熱心さに打たれて、ヒツジとして認めることにしたのです。
幸い新しい草原に越してきた家族の子供達はみんな赤ん坊だったので、オオカミを見た事がありません。大人たちはみんなでウルがオオカミである事を子供たちには内
緒にしておく約束をしました。
ウルがだんだんと成長するにつれて兄弟たちはウルが自分達と違う身体つきをしている事に気が付きましたが、たぶん違う種類のヒツジの血が現れたんだと思ってあまり気にしませんでした。みんな仲良く暮らしていて何も問題がなかったからです。
そんなある日のことです。
ウルはふと草原のはずれの山の方まで行ってみたくなりました。身体が大きくなっ
たウルの足だと朝出て夕方には帰って来る事が出来る筈です。ウルはルイにこっそり相談しました。ルイも行きたかったのですがルイの足だと夕方までかかっても山にはたどり着けません。
ルイはしばらく考えていましたが心を決めて言いました。
「行っておいでよウル。明日は一日中草原で遊ぶ日だから夕食までに帰ってくればお母さん達も気がつかないよ。帰ってきたら山の話を聞かせてね」
ウルはルイが自分は我慢してウルを行かせようとしている事に感謝しました。
「うん、行ってくる」
ウルはルイの目を見て心の中でありがとうといいました。
ヒツジたちがみんなでかくれんぼをして遊んでいます。
子ヒツジのルイも、背が高い草のしげみに隠れてオニが来ないかと様子をうかがっていました。その時です、ルイのうしろからそっと近づいてくる黒い影がありました。気付かれないように足音を立てず、ゆっくりとルイのそばへ近づいてきたのはオオカミのウルです。ウルはルイのすぐうしろまで来ると、大きな口をゆっくりとあけて鋭い牙をむき出し、すばやくルイの背中に飛びかかりました。
「ルイ、 見~っけ」
「なあんだぁ、後ろからきたからわかんなかったよ。 まいったまいった」
「僕の鼻は草原一だから、どこに隠れてもわかるのさ。今度はルイがオニだよ」
あれれ、何かおかしいと思いませんか。
そうです、オオカミのウルはヒツジと仲が良いのです。というよりもルイとウルは兄弟なのです。
「みんな、ごはんの時間よ~」
ルイのお母さんがおうちのほうからみんなを呼んでいます。
「はあ~い」「ほぅ~い」「ふぁ~い」「めぇ~い」「うぉ~い」
ヒツジの子供達とウルはいろんな返事をしておうちのほうへかけていきました。
テーブルの上にはお母さんが作ってくれた野菜のサラダとくだものがいっぱいならんでいます。 みんなはごちそうをおいしそうに食べ始めました。
ヒツジたちの間にはウルの姿もあります。 ウルは大好物のくだものをお皿いっぱいに取ると、ものも言わずにもくもくと食べ始めました。
「ウルは本当によく食べるなあ」
ルイが草をムシャムシャかみながら言いました。
「ルイ兄ちゃん、口の中に食べ物を入れたままおしゃべりしたらお行儀がわるいわよ、ねえお母さん」
ルイの妹のルナが言いました。
「そうよルイ、ルナの言うとおりよ」
「でもウルったら本当によく食べるんだもん」
ルイが言うとテーブルのみんなもそうだそうだと大笑いしました。
お母さんも、仕方ないわねと言いながら笑っています。でもお母さんの笑いは心の底から出てきた笑いではありませんでした。みんながワイワイとおしゃべりを続けている間、お母さんがふとさみしそうな顔をした事に気が付いたヒツジは誰もいませんでした。
ウル達が住んでいるこの草原はとても平和な場所でした。
ルイたちの一家がこの場所に引っ越してきたのは去年の春のことです。遠い親戚がすごくいい場所を見つけたからすぐに引っ越しておいでという手紙をくれたので、お父さんとお母さんは相談して引越しする事に決めたのでした。
その頃はまだルイたちが小さな赤ん坊だったので、回りに危険がないこの草原で自由に育てるのが一番いいとお父さんとお母さんは考えたのです。草原の場所は前に住んでいた場所からはずいぶん遠かったのですが、一家は三日三晩かけて移動してきました。
三日目の午後、あと半日くらいで草原に到着するという頃、ヒツジたちは森を抜ける道にさしかかりました。 その時どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきたのです。
お父さんが見に行ってみると大きな木の下に小さなゆりかごがおいてあり、中を覗いてみると毛布にくるまった赤ちゃんらしきものが入っていました。
毛布にくるまれているので顔は見えませんが大きな声で泣き続けています。
ゆりかごの中に手紙が一通入っていたのでお父さんはそれを開いて読んでみました。
『 この手紙を読んだあなたへ
この子は体が弱くて泣いてばかりいる弱虫です。
弱虫の赤ん坊はいりません。だれかにあげます。
持っていくなり食べちゃうなりして下さい。
赤ん坊のおかあさんより 』
その内容を見たお父さんはとても怒りました。
「何てことだ。自分の子供を食べちゃってもいいなどと書いて捨てていくとはなんてひどい親だ。そんな事は絶対に許さない。大丈夫だ、おじさんが立派に育ててやる」
そう言うとお父さんは赤ちゃんのくるまった毛布をそっと抱き上げました。そして顔が見えるように毛布をはいでみました。
「こっ、これは…」
驚いたお父さんは思わず赤ん坊を落しそうになりました。
かろうじて落さないようにしながらゆりかごに赤ん坊を戻したお父さんは腕組みをして考え込んでしまいました。
「これは困ったぞ。オオカミの赤ん坊じゃないか。オオカミなんかを育てたらあとで大変な事になる。これは見なかったことにしよう」
そうひとり言を言いながらお父さんがうしろを振り向くと、そこにはいつの間に来たのかお母さんが腰に両手を当ててお父さんをにらんでいました。
「お父さん、何を言ってるんですか。いま自分で育てるって言ったばかりじゃありませんか。あなたはそれでも男ですか」
「だってお前。オオカミの赤ん坊だぞ。オオカミはヒツジを襲って食べるんだぞ」
「そんな事は町に住んでるネコだって知っています。私が言っているのはたとえオオカミの赤ん坊でも、放っておいたら死んでしまうのがわかっているのにそのまま置き去りには出来ないということです。それにあなたも男なら一回言った事をちゃんと守ってください」
お父さんは少し考えていました。
「よしわかった、俺も男だ。 このオオカミをヒツジとしてちゃんと育ててやろうじゃないか」
「そう、それでこそ私が大好きなお父さんですよ」
お父さんはお母さんが大好きと言ってくれたのですごくうれしくなりました。実はお父さんも心の中では赤ん坊を放っておくのがかわいそうだと思っていたのです。
そんな時にお母さんが育てましょうと言ってくれたので決心がついたのでした。
その時からお父さんとお母さんはオオカミの赤ん坊にウルという名前をつけてルイたちと同じヒツジとして育てたのでした。 もちろん引越し先に住んでいた親戚のおとなたちはルイの家族にオオカミの赤ん坊が混じっていたのでとても驚きました。しかしお父さんとお母さんの熱心さに打たれて、ヒツジとして認めることにしたのです。
幸い新しい草原に越してきた家族の子供達はみんな赤ん坊だったので、オオカミを見た事がありません。大人たちはみんなでウルがオオカミである事を子供たちには内
緒にしておく約束をしました。
ウルがだんだんと成長するにつれて兄弟たちはウルが自分達と違う身体つきをしている事に気が付きましたが、たぶん違う種類のヒツジの血が現れたんだと思ってあまり気にしませんでした。みんな仲良く暮らしていて何も問題がなかったからです。
そんなある日のことです。
ウルはふと草原のはずれの山の方まで行ってみたくなりました。身体が大きくなっ
たウルの足だと朝出て夕方には帰って来る事が出来る筈です。ウルはルイにこっそり相談しました。ルイも行きたかったのですがルイの足だと夕方までかかっても山にはたどり着けません。
ルイはしばらく考えていましたが心を決めて言いました。
「行っておいでよウル。明日は一日中草原で遊ぶ日だから夕食までに帰ってくればお母さん達も気がつかないよ。帰ってきたら山の話を聞かせてね」
ウルはルイが自分は我慢してウルを行かせようとしている事に感謝しました。
「うん、行ってくる」
ウルはルイの目を見て心の中でありがとうといいました。
作品名:くだものオオカミの悩み 作家名:やまぐちひさお