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十九年目の鯉のぼり(『バレンタインの戦友へ』スピンオフ)

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「ヒロシさん……ヒロシさん……起きて」
 妻のシズカが夜中に俺を揺り動かす。
 平時にこれをやられたら腹を立てるところだが、俺はガバッとはね起きた。
「来たのか?」
「来たみたい」
「そうか! シズカはそのまま寝てろ」
「着替えなくちゃ」
「そんなのいいよ、車だしどうせ病院で着替えさせられるんだ、カーディガンだけ羽織ればいいだろ?」
「それもそうね」
「支度するからちょっと待ってて」
 俺は三つ並べて敷いた真ん中の布団から娘のシズエを抱き上げるとカーポートへ向かった。
 シズエは抱き上げられても起きる気配すらない、まあ、四歳ならそんなものか。
 チャイルドシートに座らせて毛布を掛けてやる……と、まだまだ眠そうだがうっすらと目を開けた。
「……なに?……」
「これから病院へ行くよ」
「え?……赤ちゃん、産まれるの?」
「そうだよ」
 いっぺんに眠気が吹っ飛んだようだ、シズエはパンパンにせり出した母のお腹を撫でながら弟が産まれるのを楽しみにしていたのだ……あ、シズカのお腹の子は男の子とわかっている、本当は男の子か女の子か、産まれるまで楽しみにしようと思って先生にもそうお願いしてあったんだが……。

「あら? これって……」
「ははは、可愛いオチンチンがついてるね」
 エコー検査の画像に写ったものを見てシズカが思わず声を上げると、先生も認めないわけにはいかなかったようだ。
 まあ、準備しておかなけりゃいけない物も色々あるし、シズエは産まれて来るのが弟なんだとわかって喜んでいたから結果オーライだが。
「あたしのバッグは?」
「持ってきてあげるから安心しなさい」
「うん」
『Xデー』が近いことはわかっていたので、シズカの着替えなど必要なものはボストンバッグに詰めて用意してある、シズエもそれを真似して自分の着替えを小さなバッグに詰めてシズカのバッグの隣に並べてある。
 ちなみに俺も自分の着替えは畳んでその隣に置いてあった、布団だけじゃなくて荷物まで川の字だったわけだ。
 もっとも、陣痛が来るのは夜中が多いと知っていたからね、シズエの時もそうだったし。
 
「おかあさん、だいじょうぶ?」
 シズエがチャイルドシートから体をよじるようにして、シズカが俺の肩を借りてゆっくりと歩いて来るのを見守って言う。 後部ドアは開け放したままにしておいたのだ。
「大丈夫よ……」
 シズカは脂汗を浮かべながらも笑顔を作った。
「出すよ」
 助手席に大きなバッグと小さなバッグを投げ込むと俺は運転席に座ってエンジンをかけた……。

「おかあさん、だいじょうぶかな……いたそうだし、くるしそうだったけど……」
 病院に着くなり破水してしまい、シズカはすぐに分娩室に運び込まれた。
 分娩室の前にあるベンチに並んで腰かけたシズエは心配そうに言う。
「大丈夫さ、お前の時もこうだったんだよ」
「ふぅん……」
 シズエは納得したような、納得していないような曖昧な返事を返して来た。
 まだ小さい娘の手前『大丈夫』とは言ったものの、落ち着かないのは俺も同じ。
 シズエの時は分娩にも立ち会ってシズカの手を握ってやっていたのだが、今回はシズエがいるのでそうもいかない、分娩室の中は当然見渡せないから気を揉んで待っているしかない、防音処理が行き届いているのか、声も聞こえないからなおさらだ。
 と、ドアが開いて助産婦さんが赤ちゃんを抱いて出て来た。
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ」
「シズカは……」
「お母さんも元気ですよ」
 助産婦さんはそう言うと膝をついて、シズエにも赤ちゃんの顔が良く見えるように、顔にかかった白い布をそっと払ってくれた。
「おめでとう、今日からお姉ちゃんね」
 生まれて初めて『お姉ちゃん』と呼ばれたシズエはちょっと照れ臭そうにしながらも覗き込む。
「ちっちゃい……」
「お前も産まれたばかりの時はこれくらいだったんだぞ」
 そう言ってやるとちらっと顔を上げて微笑むと、もう一度赤ちゃんの顔を覗き込んで言った。
「はじめまして……あたしがおねえちゃんよ」
 俺も膝をついて覗き込んだ。
「はじめまして、父さんだよ……よろしくな」
 不思議な気分だ、シズカのお腹にこの子が宿ったことは半年も前から知っている、それからずっとそこにいることはわかっていたし、ある意味一緒に暮らしても来た。
 でも顔を見るのは初めて……『シズカのお腹にいたのは君だったんだね』と、ふと思う。
 シズエの時もそうだったが、お腹にいるうちは夫婦でエコーの写真など見ながら『ずいぶん大きくなったね』などと言い合っていたのが、産まれて来てみればまだ目も開かない新生児なのが不思議な気もする。
「もういいかしら? 新生児室に連れて行くわね……お姉ちゃん、お母さんをねぎらってあげてね、赤ちゃんを産むのって大変なんだから」
「『ねぎらう』って?」
「お疲れさまでしたって言ってあげることよ」
「うん!」
 シズエは開け放れたままだったドアから走り込んで行き、俺も後に続いた。
「おかあさん!」
「シズエ……」
 シズカは疲れ切った様子だったが、娘の顔を見て頬笑みを浮かべた。
 そして俺の方へと手を伸ばして来る、俺はその手をしっかりと握った。
「ごくろうさま……」
「赤ちゃんはもう見てくれた?」
「もちろんだよ」
「ヒロシさんに似てたわ」
「そう? さすがにまだわからなかったよ」
「ふふふ……それもそうね」
「でもね、ちっちゃくてかわいかったよ!」
 シズエが割り込んで来たので手を離すと、シズカはその手で娘の頭を撫でた。
「今日からお姉ちゃんね……よろしくね」
「うん!」

 俺とシズエはもう一度新生児室の赤ちゃんの顔を見てから車に乗り込んんだ。
 俺一人ならそのまま病院で夜を明かしても構わないのだが、4歳の娘がいてはそうもいかない、案の定、車が走り出したとたんにシズエは眠り込んでしまい、家に着いて布団に寝かせても今度は目を覚まさなかった。
「さて……と」
 俺は娘の頭をそっとなでると立ち上がった、まだ一仕事残っているのだ。

「あかちゃん、おきてるかな」
 翌朝、トーストに目玉焼き、カップスープだけの朝食を済ませて車に乗り込むと、シズエが楽しそうに言う。
「まだ無理だな、赤ちゃんだって産まれて来るの大変なんだぞ」
「そうなの? おぼえてない」
「ははは、そりゃそうだろうな、お父さんも憶えてないよ、でもみんなそうやって産まれて来るんだよ」
「そうなんだ……」
 ちょっと神妙な顔になる、小さいなりに何かを感じ、何かを思っているのだろう。

「おかあさん!」
「シズエ、来てくれたのね」
「おかあさん、げんきそう」
「うん、元気よ、昨日は疲れていただけ、二、三日でお家へ帰るからね」
「あかちゃんもいっしょ?」
「もちろん一緒よ」
「昨日はお疲れ様」
「ヒロシさん、赤ちゃんは見てくれた?」
「もちろんだよ、シズエが走り出しちゃったんでゆっくりは見れなかったけどね……確かに俺似かも、イケメンにはなれないかもな」
「ふふふ……でもいいのよ、優しい子に育てばそれで」
「はい、これ、お土産」
「え? 何かしら」