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ふしじろ もひと
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『封魔の城塞アルデガン』第3部:燃え上がる大地(前半)

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第5章:王城



 アザリアはレドラス王ミゲルに続き、近衛兵に両脇を挟まれたまま長い階段を登りきった。侍従が重い扉を開けた。
 太陽の光がまともにアザリアの目を射ぬき一瞬なにも見えなくなった。風が吹き込むと同時に異様なわめき声が聞こえた。

 扉の外は屋上だった。アザリアは息をのんだ。
 巨大な円形の広場だった。壁から屋根が張り出していたが壁の周囲の一部だけであり、広場の大部分は屋根がなく空がそのまま見えていた。広大な壁の周囲の屋根の下は無数の装置でびっしり埋め尽くされていた。明らかに魔法装置だった。
 部屋の中央には祭壇のようなものが設けられ、ひときわ大きく複雑な装置が大空の下に組み上げられていた。
 大きく西へ傾いた午後の太陽の光をも色あせさせるような虹色の強い光が二すじ祭壇の装置から放たれていた。南と東の塔から持ち去られた二つの宝玉に違いなかった。

 その陰に置かれた鉄の檻の中に、両手を縛られたぼろぼろの男がひとり囚われ暴れ狂っていた。
 鉄灰色の髪が半ばまで白くなっていたためあたかも老境にさしかかっているかのようだったが、そうとは思えぬ獣じみた異様な暴れぶりだった。縛めを解こうともがき鉄格子に身をぶつけ叫び狂う姿からは遠目にも正気ではないことが見て取れた。その叫びの中に呪文の断片が混じっていることにアザリアは気づいた。
 無残な光景にアザリアは立ち竦んだ。自分の顔が引きつるのがわかった。

「そんなところで立っておらずに近う寄ってみてはどうだ」
 ミゲル王の含み笑いが聞こえた。
「久方ぶりの再会ではないか」
 王の声を聞きつけたのか、男が振り向いた。変わり果てた顔形だけで判じようがなかった。
 だが、男は隻眼だった。左目がえぐられていた!
「まさか! ガラリアンっ」
 自分の耳にさえ悲鳴に聞こえた。いつかけ寄ったのかもわからなかった。
「私よ。アザリアよ! わからないのっ?」
 血走った片目が向いた。だがなにも映していなかった。得体の知れぬ妄執の嵐が荒れ狂う地獄の窓さながらだった。アザリアは戦慄した。

「無駄だ。わかりはせぬ」王が笑った。
「余のことさえ、もうわかりはせんのだ」
「残酷な!」アザリアは振り返り、王を睨みつけた。
「彼を閉じ込めてなにをさせるつもり? レドラス王!」
「無礼者!」近衛兵が色めき立ったが、王は片手で制した。
「強いてなどおらぬ。させぬように閉じ込めたまでだ。こちらの準備が整わぬのに勝手に術を発動しようとするのでな」
 王の口ぶりが苦々しげなものに変わった。
「取り押さえるだけで近衛隊が一つ壊滅した。それから丸二日も暴れておる。術を発動するのはそやつの宿願。余はそれを叶えてやったにすぎぬ」
「ガラリアンにノールドを攻める理由などないわ!」
「もう少し察しがよいと思うたぞ、アザリア」
 王の顔に冷笑が戻った。
「そやつの宿願はノールドではない。アルデガンの滅亡だ」

「余がガラリアンと会ったのは即位する少し前だった」
 自失していたアザリアの耳にミゲル王の声が遠くから聞こえてきた。近衛兵の手でガラリアンの檻から引き離されていたことにようやく気づいた。
「宝玉の塔のそばで狩りをしていて見つけた。塔を目指しているように見えた。だから尋問した。むろんそのときのそやつはまだ話が通じた。それでもかなり荒んではおったがな」
「己の力が洞窟を制するに足らず、誰かを救えず絶望したという話をしおった。なにがなんでもアルデガンを根こそぎ吹き飛ばし焼き尽くすといっておった。術の原理は編み出せた、だが膨大な魔力が必要なので支えの宝玉が欠かせぬ。それも一つでは心もとない、二つは欲しいとな」
「むろん先代の耳に入れば処刑は免れぬ。だから余はガラリアンをかくまった」
「なぜ……? どうしてそんなことを?」
「そやつの話でノールドはアルデガンと魔術の共同研究などしておらず、怖るに足らぬと知れたからだ」
 ミゲル王の目がぎらついた。

「もともと余は北の大地を金髪青目の民になどゆだねておきたくなかった。エルリア大陸に覇をとなえるのは我がレドラス以外にありえぬ。先代の怯懦がもどかしかった」
「だが、ノールドを攻めるには問題が二つあった。一つは先代が怖れたノールドの魔術。それは怖るに足らぬと知れた。残るは洞窟の魔物だ。実情はそなたの方が詳しかろう?」
 王はアザリアをじろりと見た。
「いくらノールドを平らげたようと魔物の相手などさせられてはたまらぬ。ならば北の民に番をさせておいたほうがよい。だが、ガラリアンはその脅威を根こそぎ取り除いてくれるというのだ。我が覇道を天が望めばこそガラリアンは余と出会うたのだ!」

 アザリアの視線は野望を隠そうともせぬ傲岸な王と檻の中で妄執に狂うかつての仲間の間をさまよった。悪夢だった。貪乱な野望が狂気に憑かれた凄まじい力を得て人の世に暴威を振るおうとしていた。出会ってはならぬ者たちが出会い、この世を呑み込む巨大な双頭の魔獣と化したも同然だった。
「……アルデガンを、いったいどうするつもり?」
 声がかすれていた。
「ガラリアンの思いのままに。それとも魔術の解説を乞うとでも申すか? そなたほどの術者が余になどとのぅ」
 ミゲル王がさもおかしそうに笑った。
「だからそなたをここへ立ち合わせるのではないか。しかとその目で見届けてもらおうと思うてな。そなたがそやつを身を挺して助けてくれたおかげでここに余の大望が成就するのだ。光栄に思うがよいぞ。アザリア」
「そんな……」
 アザリアは呻いた。呻くことしかできなかった。
 あのとき彼を助けたために自分は呪文を唱えれば死ぬ身となり戦いから退かざるをえなくなった。さもなければ救えたはずの仲間が何人も犠牲になったとの思いにもずっと苛まれてきた。
 そのガラリアンがアルデガンを滅ぼそうとしている。レドラス王も混乱を突いて一気にノールドを滅ぼすつもりだ!
 彼を助けたことは間違いだったのか? これでは膨大な人々を戦乱の中で死なせる発端を開いたことになってしまう。
 目の前がまっ暗になった。

「刻限にございます」
 侍従の声に王がうなづいた。
「出してやれ!」
 縛めを解かれたガラリアンは檻から走り出て祭壇の装置に駆け上がると、虹色に輝く二つの宝玉に両手をかざしながら呪文の詠唱を始めた。アザリアはそれが彼の得意とした炎の呪文を途方もない規模にまで編み直したものであることに気づいた。
 宝玉の虹色の光が照らす空に炎が燃え上がった。炎は空一面に広がり宝玉の光を際限なく吸い上げた。膨大な魔力をすべて炎に変えるつもりと知れた。二つの宝玉が光を失い砕け散ったとき、空一面の業火の照り返しは地上のすべてのものを朱に染め上げていた。もはやこの世の光景ではなかった。
 でも、これでは上空がただ途方もない規模で燃え上がっているだけのことだった。
「どうする気なの? こんなことをして……」
「ここからが肝要だ。我が大望にとってもな」
 王の声にも緊迫した響きがあった。

 やがてガラリアンの呪文が変わった。響きに昏い陰がさした。それはアルデガンでは決して使われることのない韻律だった。
「まさか、魔道の呪文!」