タクシーにまつわる4+1つの短編
4+1:おまじない
タクシーの運転手さんの、変わった話を聞かせてほしい?
まあ、確かにタクシーを運転していると、いろいろありますよ。いろいろなお客さんがいますし、いろいろなところを走りますから。でも、変わった話ですか、うーん……。
ああ、そうだ。僕らタクシーの運転手の間でうわさされている、都市伝説みたいな話をしましょうか。
いつごろかは定かじゃありません。ですが、そこまで昔でもないと思います。都内の某タクシー会社に、とある運転手さんが勤めていました。年齢は50をちょっと過ぎたくらい、中肉中背、若干白髪混じりの、至って平凡な運転手さん。これは、彼が体験した話なんです。
ある日のこと。
彼は朝から昼にかけて運転をしていました。その日、既にもうお客さんを何人か乗せていた彼は、おなかがぺこぺこになっていました。私たちも機械ではありませんから、当然おなかが空いたり、トイレに行きたくなったり、人によってはタバコを吸いたくなったりします。ということで、少し休憩がてら腹ごしらえをしようと思った彼は、コンビニでお弁当を購入したのです。
温めてもらったお弁当を車に持ち帰り、どこか休憩できる場所はないかと再び車を走らせます。別にコンビニの駐車場でも構わないのですが、彼にはこだわりがあったのでしょう。実際、水が好きで、休むなら河川敷や海岸だという方もいれば、自宅の駐車場でなきゃ休めないという方もいらっしゃるくらいですから。まあ、とにかく、彼はコンビニから別の場所へと向かったのです。
5分も走ったくらいでしょうか。彼の目に手を挙げるご婦人の姿が写りました。彼はすかさず、そのご婦人の前で後部ドアを開きます。彼女の目的地は幸い近かったので、短時間で送り終えました。さあ、休憩をと思った途端、今度はビルから出てきたサラリーマンが、彼に向かって手を挙げるのです。
「……ご飯、食べたいんだけどなぁ」
目の前の空腹は切実な問題ですが、それ以上に今月の売上げも重要です。彼は、取引先から自社へ戻ろうとするそのサラリーマンを乗せ、運転を始めます、頭の片隅に弁当のことを入れながら。
そのサラリーマンを目的地で降ろし、再び休憩場所を探す彼ですが、そんな彼の前にまたも手を挙げる者が表れます。その方を目的地で下ろすと、また手を挙げる者が……。そんなことが引き続き起こったので、気が付くと助手席に置いてあった弁当は冷めきり、勤務終了時間になっていました。
「結局、休みは取れなかったし、お弁当も食べられずじまいだったか」
彼は、疲労とともに助手席のお弁当を見つめます。ですが、その日の売上げは、彼の長年の運転手生活の中でも飛び抜けた額だったのです。
その日の夜。
冷めきったお弁当をつつきながら、彼は考えます。弁当は食べられず、休憩も取れなかったけど、その分たんまり稼げた。これは偶然だろうか。もしかしたら、弁当があるとお客さんがたくさん来るのではないだろうか、彼はそう考え、明日は朝から弁当を用意しておこう、そう決めたのです。
翌日。
半信半疑でお弁当を購入し、今度は最初から助手席に弁当を置いておきます。なあに、思惑が外れたら食えばいいだけだ。そう思った矢先、早速最初のお客さんが手を挙げています。
「よしきた!」
そのお客さんを皮切りに、昨日以上の額を売り上げた彼は、ホクホク顔で夕方、事務所に戻りました。
それから1カ月がたち。
お弁当を助手席に置いとくとお客さんが来ることが分かった彼は、当然その後もその方法を実行し続け、多額のお金を手にすることができました。
しかし、彼はそれだけでは飽き足りません。さらに売上げを増やすことはできないだろうか、そう考え、助手席にいろいろなものを置いてみたのです。
例えば、お弁当ではなくおにぎり。しかし、これはあまり効果がありません。今度は、揚げたてのホットスナック。すると、お弁当以上の効果が見込めました。そこで彼は、もっとも効果のあるものはなんだろうかと調べます。菓子パン、サンドイッチ、サラダ……。
試行錯誤を繰り返した結果、もっとも売上げが高くなるものを、彼はついに見つけました。それは、お湯を入れて3分待ってからできあがる、あのカップ麺だったのです。
これ以降、彼の車の助手席には常にお湯を入れたカップ麺が置かれるようになり、そのおかげでタクシー界でも伝説と言われるほどの売上げを手にしたのです。
……なんですか?
そんなの、うそに決まってる? それが本当なら、みんな助手席に何かを置いてるはず?
……ええ、そうですね。タクシーの運転手ならみんな知っている話なのに、助手席になにか置いている車を見たことがない。不審に思うのは当然のことです。ですが、それには理由があるんです。
彼は、その日もカップ麺を助手席に置いて運転をしていました。そして、いつものようにお客さんを乗せたのです。
しかしお客さんには、お連れの方がいました。彼はお連れの方も後部座席に座ると思いこんでいたのでしょう、しかし、その方はおもむろに助手席の扉を開けて座ってしまったのです。
お連れさんが助手席に座った理由は分かりません。しかしどちらにしろ、その方は熱湯で作ったあつあつのカップ麺の上に腰を下ろしてしまいました。
その方は大やけどを負い、彼は会社を解雇されました。その後、訴えられて蓄えたお金も失うことになってしまったと聞いています。
……恐らくですが、カップ麺じゃなかったとしても、彼は何らかの報いを受けたのではないかと思います。ですから、こんなおまじないに頼ることなく、地道に頑張るのが一番だと思うんです、結局。
はい? あ、ここでいい。どうも、お疲れさまでした。4,260円です。え、何? 助手席に置いてあるものは何だって? あっ、いや、食べようとしてたカップ焼きそばです。いや、偶然なんですよ、お客さん。ほんと、ほんとですってば。
作品名:タクシーにまつわる4+1つの短編 作家名:六色塔