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ふしじろ もひと
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『封魔の城塞アルデガン』第2部:洞窟の戦い 前半

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第4章:洞窟中層その1



「体に熱を感じます。炎のすぐそばに立っているような……」
 ゴルツの問いかけにリアが答えた。
 あれからリアは進んで敵の意識に接触し、手掛かりを得ようとしていた。もはや敵の監視下にあり、自らの身が明らかに変化しつつある絶望的な状況がかえって彼女を駆り立てていた。自分が自分でいられるうちにどこまでのことができるか死にもの狂いで追い求めるその姿に、アラードは戦慄すら覚えた。

 だがそうまでして得られた手掛かりには、はっきりしない点や不可解なところも多々あった。

 敵の姿や様子はいまだにつかめなかった。視線として感じられるだけだった。ゴルツの話では、牙にかけた者の姿を受けた者が見るのは難しいということだった。受けた者はかけた者の支配の魔力の影響下に置かれるため、見聞きするものについて制限や選別を受けるということだった。
 けれど、炎のそばにいるような感じというリアの答えはずっと同じだった。それを信じるならば、敵は洞窟に入ったリアが意識の接触を始めてからまったく居場所を変えていないということになる。
「そんなことがあるのでしょうか」リアがいった。
「アザリア様がアルマの仇敵を追ったときは、洞窟の中を嘲けりながら逃げまわられてついに追いつけなかったと聞きました」
「化け物の考えることなんかわかるもんか!」
 アラードが吐き捨てた。
「同じ所にじっとしているというなら結構じゃないか。さっさとそこへいって戦うだけだ!」
「……あるいは、我らを待ちうけておるか」
 ゴルツの低い声にアラードは背筋がぞくりとした。
「正面きって挑みかかるつもりか」
「我らに負けたりはしないというのですか」
 アラードの声がかすれた。

 陥りかけた沈黙を、突然リアの叫びが破った。
「なんなの? これは……どこ?」
 立ち上がった少女の見開いた目が虚空を見つめ、全身がおこりにかかったように震えだした。
「なぜなの? なぜ……それほど憎むの?」
 その体がふらついた。
「どうした、リア!」
 倒れかかるその身をからくも支えたアラードが叫んだ。
「敵に触れたのだな!」ゴルツが険しい目を向けた。
「そなた、なにを見た? なにを感じた!」
「場所が見えました、いえ、見せつけられました……」
 リアの声は震えていた。
「広い洞窟です……。低いけれど大きな火口が地面に口を開けています」
「ここにいると、自分は動かないと、来るがいいと……。憎しみの塊みたいなどす黒い思念が……」
「血に飢えているのでも、嘲けるんでもない、誰彼なしの凄まじい憎悪……。あれが本当に吸血鬼なんですか? なぜあんなに、まさか、あんな……。思っていたのと全然違う……」
「もうやめろ、リア! 落ち着くんだ!」
 リアの体をゆさぶるアラードの横でゴルツがぽつりとつぶやいた。
「魔獣に魂を感じたその感応力、さては相手が見せる以上のものを見たか。その心象までも」
 ゴルツはリアに向き直ると、その背に手を当て一声鋭く気合を入れた。激しい震えがようやく収まった。
「この洞窟に口を開けている火口は二つしかない。最深部にあるものはさらに大きく高さもある。そなたが見たのは洞窟の中層にある小さい方の火口のはずじゃ。
 敵は我らの動きを知り、その上で挑みかかっておる。秘密裏に動く意味はもはやない。火口へ急ぐぞ!」
「火口に転移するのですか?」
 アラードがたずねたが、ゴルツは首を横に振った。
「場所が悪い。あの火口は周りにも炎を吹き上げる亀裂が多く、下手に転移すると炎に焼かれかねぬ。しかも敵の位置もわからぬ以上、相手の目の前に背中をさらす危険もある」
「通路とて同じじゃ。うかつに跳べば魔物の群れの中ともなりかねぬ。急ぐが用心せよ!」
 三人は走り出した。


 魔法の燐光だけを頼りに暗闇の中をどれだけ走ったか、アラードの感覚が薄れ始めたとき、ゴルツが止まるよう命じた。
 前方が騒がしかった。種類の異なる咆哮が入り乱れていた。
「なにかおるぞ。一匹や二匹ではあるまい」
 三人は壁をつたいながら忍び寄り、様子をうかがった。

 洞窟が広がった地底湖だった。どうやら浅瀬のようだったが、広い窪み全体を水が満たしていた。反対側の水面の少し上に通路が口を開けていた。その浅い湖で魔物たちが戦っていた。
 触手と多くの口を持つクラゲかタコのごとき怪物の巣に、多頭の魔獣たちが踏み込んだらしかった。触手を持つ怪物のうちずばぬけて大きなものが二匹の魔獣を絞め上げていたが、三匹の魔獣が人間ほどしかない小さな怪物たちを追いまわしていた。怪物の親が二匹の魔獣を絞め殺したときには、仔の数も半分程度にまで減じていた。
「向こうの通路へ転移する。二人ともわしにつかまれ」
 呪文が完成するとアラードは力場に包まれたのを感じた。一瞬でそれは終わり、咆哮も背後に移っていた。

 だがほっとして走りだしたその足が柔らかいものを踏みつけた瞬間、腰から下に触手が巻きついた。魔獣に追われた怪物の仔が通路に逃げ込んでいたのだ。鋭い歯を持つ触手の先がいっせいに鎌首をもたげた。
 アラードは必死で丸い胴体に見開いた目らしきものに剣を突き立てた。急所を突かれた怪物は甲高い悲鳴を上げ、牙をそなえた触手が地に落ちた。だが下半身を捕らえた触手の吸盤は全く離れなかった。そこへ背後から、魔獣たちの咆哮が響き渡った!
「やむなし!」
 ゴルツがひときわ複雑な呪文を迅雷のごとく編み上げた瞬間、地底湖に灼熱の光が炸裂し、凄まじい熱風が通路に吹き込んだ。アラードは髪の先が焦げたのを感じた。
 だが巨大な火だるまの姿が一つ、通路に躍り込んできた。形の異なる首のうち二つが焦げつき垂れ下がっていたが、角を備えた一つがまだ生きていた。燃え上がり盲いた魔獣は身動きできぬアラードに突進した。思わず目を閉じた若き剣士の耳に肉の裂ける鈍い音が届くと同時に凄まじい熱が身をかすめ、岩壁に激突する音とも衝撃ともつかぬものが背後から轟いた。

 アラードが振り向くと焦げた巨体が煙を上げていた。だが絶命した魔獣のすぐ横に、華奢な人影が倒れていた!