北へふたり旅 1話~5話
「まだ来ないねベトナムからの研修生は。
どうしたんだろうねぇ。ひょっとして予定がキャンセルになったわけ?」
「そうじゃねぇ。
来日はした。しかしいまは千葉の施設で、日本語の教育を受けている。
それがおわり次第、農場へ配属されてくる」
昼休み。顔なじみになった農協のM君がやってきた。
かれの専門は農業用機械の販売と修理。
しかし。研修生制度や海外からの働き手事情についてみょうに詳しい。
「研修生受け入れの管理団体、北関東アジア・ビジネスが研修している。
あんたもよくしっているはずだ。
ほら。なんだか胡散臭いおばちゃんだと言っていた、例の白いおばさんが
所属している、あの団体だ」
全身白ずくめで胡散臭いおばさんのことなら、たしかに記憶がある。
昨年の夏。
40℃をこえるビニールハウスの中でナスを収穫しているときだった。
表に車の停まる気配がした。
顔を上げると曇ったビニール越しに、白のハイブリッド車が
停まるのが見えた。
ドアが開いた。白い靴が降りてきた。
つづいてあらわれたスカートも純白なら、着ているブラウスも真っ白。
とてもじゃないが、ほこりだらけの農場へやってくる服装ではない。
(なんだぁ?・・・全身白ずくめだぞ。
何考えてんだ、一体どこの何者だぁ?
埃だらけの場所へ真っ白で訪ねてくるなんて、正気の沙汰じゃねぇ)
しかし。全身真っ白のおばちゃんはひるまない。
ビニールで出来たドアをあけ、「いるかしら?」と黄色い声をはりあげた。
わたしはたまたま入り口ちかくにいた。農場主のSさんは奥にいる。
「Sさんなら奥ですが・・・あのう、どちらさまでしょうか?」
「いるのね。奥ですね。はい、わかりました」
白いおばちゃんが狭い通路を、あるきはじめる。
どなたですかと尋ねたのに、聞こえなかったのか、返事はまったく
かえって来ない。
ホコリで白いナスの葉を手でかきわけながら胡散臭い人物が、
Sさんのいる奥へ向かって、ずんずん大股ですすんでいく。
(2)へつづく
作品名:北へふたり旅 1話~5話 作家名:落合順平