無彩色の空
「おはようございます、今朝のお目覚めはいかがですか?」
(いつもと変わらないよ……つまり爽やかな目覚めってわけには行かないって事さ)
俺はモーニングコールの声に心の中だけで答えた。
声は鈴が鳴るような可愛らしい女性のものだが、機械の向こう側にいるのは人間じゃない、AIにつながれた人工音声だ、返事をする気にもなれない。
まだぼんやりしている頭を目覚めさせるために、俺はスクリーンモニターのスイッチを入れた、すぐさま壁一面に美しい映像が現れる。
画面の上半分を覆う青い空……白く浮かんでいる綿のようなものは何だろう……。
画面の下半分は一面の水、空と同じように青く輝いていて、表面はうねり、ところどころで白く砕けては心地の良い音を響かせている……。
穏やかなのに生き生きとしている風景をうっとりと眺める、今日は金曜、一週間の労働で体は疲れているが、この映像を見ると癒されるとともに活力が沸いて来るような気がする。
俺は毎朝この映像を流す、どこかで見たような懐かしい気持ちになるのだ。
どこの惑星の画像なのだろうか、それともよくできたCGなのか。
環境映像は何万、何十万と選べるが、俺はほとんど毎朝この映像を眺めて一日を始める。
「さて……と」
俺はベッドから起き上がり、熱いシャワーを浴びると作業服に着替えた。
俺の住まいは10㎡ほどの個室にシャワー、洗面、トイレが一体になった水回りユニットが据え付けられたもの、この居住棟にはこのような部屋が百戸ほども設けられている。
部屋は最小限度コンパクトにしつらえられているが、そこで賄えないものは共同施設で補われている、食堂へ行けば24時間いつでも食事にありつけるし、シャワーだけで満足できなければ疲れをいやしてくれる大浴場もある、本格的な娯楽は商業施設用ドームへ行って享受するが、ここにも居住者同士がちょっと集まれるくらいのホールは用意されている。
汚れた服やリネン類はランドリーボックスへ入れておけば、翌日には洗濯されてそこに戻されているし、朝出る時にドアの部に札をかけておけば、帰る頃までには掃除されている。
基本的な生活はここで効率良く満たされるように作られているのだ。
俺たち居住者は、朝ここを出てそれぞれの職場へ向かい、夜ここへ戻って来て睡眠をとる。
毎日がその繰り返しだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
300年程も昔、俺たち人類は地球と言う惑星に住んでいたそうだ。
人口が増えすぎて地球がパンクすることが明らかになり、人類は他の惑星に住処を求めた、それがスペース・コロニー計画だ。
地球と同じような環境を持つ惑星など見つかろうはずもないが、重力と温度がそこそこ適している惑星であればコロニーの建設が可能になる技術が開発され、スペース・コロニー計画は実行に移された。
その技術とは産業用ロボットの発達と、透明かつ小隕石の衝突にも耐え得る強度を持つ特殊ガラスの発明だ。
まずは産業用ロボットで一つの町規模のガラスドームを建設し、その内部を地球型環境に整えた上でドーム内に町を建設する、そして次のドームが出来ればガラスのトンネルで繋ぐ、そう言った手法でコロニーの建設は進められている。
俺が住んでいるのはD-019と呼ばれる街、頭のアルファベットは惑星の名前、0は居住区を意味する、惑星Dに建設された19番目の居住用ドームと言う意味になる。
他にも工場団地用だの商業施設街用だのオフィス街用だの、それぞれ目的別にドームが掛けられ、街が形成されて行っている、今は20番目の居住区を建設中と言うわけだ、他にも2~3の町が建設中だと言うことだが、詳しいことは知らない。
惑星Dは地球とほぼ同じ大きさと質量を持ち、重力は地球とほぼ同じ。
地下に厚い氷の層を持ち、それを掘削して溶かすことで水を得られる。
一方、大気の主成分は二酸化炭素で地球の大気に比べて比重が高く、しかも大気の層は非常に厚い、それゆえ気圧は地球よりもずっと高い、生身の人間がドームの外に出ればじわじわと押しつぶされてしまうそうだ、そもそも酸素はごくわずかしかないからそれ以前に呼吸が出来ないわけだが。
地球にとっての太陽に当たる恒星Sの光は地表にはぼんやりとしか届かないが、その二酸化炭素の厚い層が地表の温度を一定に保つ役割を果たしていて、この惑星では常に20℃前後に保たれている、大気が存在しない惑星では昼夜の温度差が激しくてコロニー建設には不向きなのだ。
そして、宇宙に無数に漂う隕石も、厚い大気の層で燃え尽きてしまうことが多く、地表に到達することはほとんどない。
大気の層が厚いためにこの星の空は灰色だ。
昼間は灰色の空を通して恒星Sの光が地表を照らす、だが地表もほとんど灰色の岩石で覆われているのでこの星には彩度を持つ『色』と言うものがない。
夜ともなれば空は真っ黒になり、星も見えない。
『色』どころか光もないのだ。
ドーム内の照明を除けばだが……。
そんな星で俺たちは毎日判で押したように町の建設を続けている。
建設作業と言っても力仕事は産業ロボットが担っている、俺たちはタブレットに送られて来る図面と指示に従ってロボットを操作すれば良い、近くで作業している者は当然いるが、いつも決まった面子と言うわけではない、毎日のように持ち場は変わるので面子も変わってしまう、挨拶くらいはするし世間話をすることもあるが、あまり立ち入った話をするようなことない。
正直言って退屈な日々だ。
だが気晴らしが用意されていないわけではない。
D-401ドーム、4は商業施設を示している、最初に作られた商業用ドームと言う意味だ、そこへ行けば欲しいものは何でも手に入るし、一通りの娯楽は揃っている。
酒が好きなら様々な種類の酒場があるし、映画が好きなら映画館が、音楽や舞台が好きならホールが、博打好きならカジノもあり、娼館すら用意されている。
コロニーでの男女比はおおむね4:1、建設中のコロニーでは圧倒的に男が多い。
女性の建設作業員が全くいないわけではないがごく少数で、女性は商業用かオフィス用のドームに多い。
結婚などと言う制度はとっくに廃れて、今では廃止されている。
俺もそんな制度は不要だと考えている、ただでさえ地球に収まり切れなくなった人口を分散させるためにコロニーを建設しているのだ、結婚制度などあったら人口増加に歯止めがかからない。
それに、一人の女性と一生を共にするなど俺には考えにくい、娼館やクラブ、キャバレーへ行けば女性はよりどりみどりだし、ある時期馴染みになっても他の女性に目移りすればなんの障害も心の痛みもなく乗り換えられる。
もっとも、人口比から言って、よりどりみどりなのは女性の方だが……。
俺も男なので、女性が接客してくれる酒場や娼館には時々足を運ぶ、それ以外には……まあ、酒好きなのでゆっくり飲める店によく足を運ぶ。
馴染みのバーもある。
かなり年配のマスターが一人でやっている小さな店だが、ここの店主との会話が面白いのだ。
(いつもと変わらないよ……つまり爽やかな目覚めってわけには行かないって事さ)
俺はモーニングコールの声に心の中だけで答えた。
声は鈴が鳴るような可愛らしい女性のものだが、機械の向こう側にいるのは人間じゃない、AIにつながれた人工音声だ、返事をする気にもなれない。
まだぼんやりしている頭を目覚めさせるために、俺はスクリーンモニターのスイッチを入れた、すぐさま壁一面に美しい映像が現れる。
画面の上半分を覆う青い空……白く浮かんでいる綿のようなものは何だろう……。
画面の下半分は一面の水、空と同じように青く輝いていて、表面はうねり、ところどころで白く砕けては心地の良い音を響かせている……。
穏やかなのに生き生きとしている風景をうっとりと眺める、今日は金曜、一週間の労働で体は疲れているが、この映像を見ると癒されるとともに活力が沸いて来るような気がする。
俺は毎朝この映像を流す、どこかで見たような懐かしい気持ちになるのだ。
どこの惑星の画像なのだろうか、それともよくできたCGなのか。
環境映像は何万、何十万と選べるが、俺はほとんど毎朝この映像を眺めて一日を始める。
「さて……と」
俺はベッドから起き上がり、熱いシャワーを浴びると作業服に着替えた。
俺の住まいは10㎡ほどの個室にシャワー、洗面、トイレが一体になった水回りユニットが据え付けられたもの、この居住棟にはこのような部屋が百戸ほども設けられている。
部屋は最小限度コンパクトにしつらえられているが、そこで賄えないものは共同施設で補われている、食堂へ行けば24時間いつでも食事にありつけるし、シャワーだけで満足できなければ疲れをいやしてくれる大浴場もある、本格的な娯楽は商業施設用ドームへ行って享受するが、ここにも居住者同士がちょっと集まれるくらいのホールは用意されている。
汚れた服やリネン類はランドリーボックスへ入れておけば、翌日には洗濯されてそこに戻されているし、朝出る時にドアの部に札をかけておけば、帰る頃までには掃除されている。
基本的な生活はここで効率良く満たされるように作られているのだ。
俺たち居住者は、朝ここを出てそれぞれの職場へ向かい、夜ここへ戻って来て睡眠をとる。
毎日がその繰り返しだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
300年程も昔、俺たち人類は地球と言う惑星に住んでいたそうだ。
人口が増えすぎて地球がパンクすることが明らかになり、人類は他の惑星に住処を求めた、それがスペース・コロニー計画だ。
地球と同じような環境を持つ惑星など見つかろうはずもないが、重力と温度がそこそこ適している惑星であればコロニーの建設が可能になる技術が開発され、スペース・コロニー計画は実行に移された。
その技術とは産業用ロボットの発達と、透明かつ小隕石の衝突にも耐え得る強度を持つ特殊ガラスの発明だ。
まずは産業用ロボットで一つの町規模のガラスドームを建設し、その内部を地球型環境に整えた上でドーム内に町を建設する、そして次のドームが出来ればガラスのトンネルで繋ぐ、そう言った手法でコロニーの建設は進められている。
俺が住んでいるのはD-019と呼ばれる街、頭のアルファベットは惑星の名前、0は居住区を意味する、惑星Dに建設された19番目の居住用ドームと言う意味になる。
他にも工場団地用だの商業施設街用だのオフィス街用だの、それぞれ目的別にドームが掛けられ、街が形成されて行っている、今は20番目の居住区を建設中と言うわけだ、他にも2~3の町が建設中だと言うことだが、詳しいことは知らない。
惑星Dは地球とほぼ同じ大きさと質量を持ち、重力は地球とほぼ同じ。
地下に厚い氷の層を持ち、それを掘削して溶かすことで水を得られる。
一方、大気の主成分は二酸化炭素で地球の大気に比べて比重が高く、しかも大気の層は非常に厚い、それゆえ気圧は地球よりもずっと高い、生身の人間がドームの外に出ればじわじわと押しつぶされてしまうそうだ、そもそも酸素はごくわずかしかないからそれ以前に呼吸が出来ないわけだが。
地球にとっての太陽に当たる恒星Sの光は地表にはぼんやりとしか届かないが、その二酸化炭素の厚い層が地表の温度を一定に保つ役割を果たしていて、この惑星では常に20℃前後に保たれている、大気が存在しない惑星では昼夜の温度差が激しくてコロニー建設には不向きなのだ。
そして、宇宙に無数に漂う隕石も、厚い大気の層で燃え尽きてしまうことが多く、地表に到達することはほとんどない。
大気の層が厚いためにこの星の空は灰色だ。
昼間は灰色の空を通して恒星Sの光が地表を照らす、だが地表もほとんど灰色の岩石で覆われているのでこの星には彩度を持つ『色』と言うものがない。
夜ともなれば空は真っ黒になり、星も見えない。
『色』どころか光もないのだ。
ドーム内の照明を除けばだが……。
そんな星で俺たちは毎日判で押したように町の建設を続けている。
建設作業と言っても力仕事は産業ロボットが担っている、俺たちはタブレットに送られて来る図面と指示に従ってロボットを操作すれば良い、近くで作業している者は当然いるが、いつも決まった面子と言うわけではない、毎日のように持ち場は変わるので面子も変わってしまう、挨拶くらいはするし世間話をすることもあるが、あまり立ち入った話をするようなことない。
正直言って退屈な日々だ。
だが気晴らしが用意されていないわけではない。
D-401ドーム、4は商業施設を示している、最初に作られた商業用ドームと言う意味だ、そこへ行けば欲しいものは何でも手に入るし、一通りの娯楽は揃っている。
酒が好きなら様々な種類の酒場があるし、映画が好きなら映画館が、音楽や舞台が好きならホールが、博打好きならカジノもあり、娼館すら用意されている。
コロニーでの男女比はおおむね4:1、建設中のコロニーでは圧倒的に男が多い。
女性の建設作業員が全くいないわけではないがごく少数で、女性は商業用かオフィス用のドームに多い。
結婚などと言う制度はとっくに廃れて、今では廃止されている。
俺もそんな制度は不要だと考えている、ただでさえ地球に収まり切れなくなった人口を分散させるためにコロニーを建設しているのだ、結婚制度などあったら人口増加に歯止めがかからない。
それに、一人の女性と一生を共にするなど俺には考えにくい、娼館やクラブ、キャバレーへ行けば女性はよりどりみどりだし、ある時期馴染みになっても他の女性に目移りすればなんの障害も心の痛みもなく乗り換えられる。
もっとも、人口比から言って、よりどりみどりなのは女性の方だが……。
俺も男なので、女性が接客してくれる酒場や娼館には時々足を運ぶ、それ以外には……まあ、酒好きなのでゆっくり飲める店によく足を運ぶ。
馴染みのバーもある。
かなり年配のマスターが一人でやっている小さな店だが、ここの店主との会話が面白いのだ。