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地井野  駄文
地井野 駄文
novelistID. 64685
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ソーン・イ・プラブジヂェーニエ

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 最後にただ風の音だけが残った時、ゆっくりと目を開けると、そこには元の何もないアフラシャブの荒野が広がっていた。

 私はそのまま震える足取りで元来た道を戻り、宿泊していたホテルへと帰った。オーナーであるくたびれた中年のタジク人が、私の顔を見るなり慌てて駆け寄ってきて、何やら話しかけてくる。ロシア語の通訳アプリを起動すると、どうやら「ひどい顔色だが大丈夫か」と言っているらしかった。私はとりあえず「大丈夫」と答えるが、今しがた経験してきた出来事をどう表現したものか分からなかった。
 私は迷った挙句、スマートフォンのスピーカーに向かって一言だけ呟く。機械的な女性のAIが応答して、こう言った。
「夢(ソーン)を見ていた」

 それからぽつりぽつりとアフラシャブの丘へ行ったことや、そこで見たものを説明する。説明しながら、話し出したことを後悔し始めていた。例え言葉の意味が伝わったとしても、話の内容からして頭がおかしくなったと思われるのが関の山であるように感じた。案の定目の前のタジク人はとても困った顔をしている。それでも彼は「大変だったね」と言いつつ、テーブルの上にある色とりどりのフルーツが盛り付けられた皿をすすめてくれた。

「ウズベキスタンは、」
向かいに座ったオーナーが腕を組みながら、ゆっくりとしたロシア語で話し出す。
「昔から、色んな異民族の侵略を受けてきた。その度に沢山の血が流された。そうやって流されてきた血は、もしかするとこの国に深く染みついているのかもしれない。」
そして一息ついてから、おどけた調子で次のように続ける。
「僕は日本のアニメ映画を見たことがあるんだが、そこでは別の世界の物を食べると、その世界から帰ってこれなくなってしまうと言われていたよ。その女性からもらったザクロを食べていたら、あなたは帰ってこれなかったかもしれない。危なかったね。」
私は少し笑って目の前の皿からブドウを一粒と、柘榴の実を一つ、取って自分の小皿の上に置いた。柘榴を割って赤い粒を一つだけ口の中に入れると、昔からよく知った甘酸っぱい香りが口の中一杯に広がった。

 3本目の煙草を吸いながら、ホテルの窓のガラス越しに明るい日差しの中に行き交う人々の群れを眺めた。民族も、言語も、文化も、どろどろに混ざり合い溶け合った魔窟のようなこの国自体が、既に異世界そのものであるように思われた。私は未だにこの国の見せる夢から醒めることができていないような、そしてしばらく元の世界へと帰ることができないような、そんな予感だけが、ぼんやりと心の奥に広がりつつあるのだった。