リピート
――凛――
令和二年七月――
「お母さん、私を殺さないで。お母さん、私を殺さないで」
私はまたあの映像が頭にフラッシュバックし、朝目覚める。
もうすぐ私の誕生日七月十日、メロンクリームのライブのイベントで、何かサプライズでもあるのだろう。
私の生まれた平成十年七月十日、この日の出来事をネットで調べると、一瞬北区の母子救出の記事が出るが、クリックすると、このページは閲覧できないようになっています。と出てくる。ネットでいろいろ北区でこの日に事件があったろう記事を目にするが必ずクリックしても内容が見れない。誰かが意図的に、この日の出来事を隠そうとしている。とてもひとりの力で、ニュースなど隠し続けられるとは思えない。どれだけ大掛かりな力が働いているのか?北区?そう言えば、私は足立区も大田区も杉並区も台東区も墨田区も二十三区あらゆるところへ母と行ったことがあるが、なぜか、母と一緒に北区に行った記憶がない。何かの力で私を北区から、引き離そうとしているかのように。
テレビを点けるとワイドショーで私のことが話されている。
“メロンクリームのリーンさんの目的は何なんでしょうかね。日本一有名になることでしょうか?お金でしょうか?”
“いや、ただリーンさん。あまりお金には執着していないという噂もありまして、小さいイベントにも行ったり、物欲もないのか、あまり買い物もしないようですし、お金はお母さんが管理しているようでですね”
“まったく、我々には本人が何を考えているのか皆目見当もつかないといったリーンさんですが、本当に何がしたいのか、何を求めているのか?”
私はテレビを消した。
だいぶメロンクリームのニュースも落ち着いた。
でもまだ終わっていない。安心できない。私はマネージャーとしてお金を管理している母に頼んで、「この口座にそれぞれ、四千万ずつ振り込んでおいて」そう伝えた。
母は「これは、この名前は……つまりこれは、この間飛び降り自殺をしたファンの母たちの銀行口座、あれは何も関係ないって……」
「いいから、ここに、四千万ずつ振り込んどいて」
「凛、お前まさか、ひょっとして母さんに黙って人の道に外れたことしてないよね……」
「あんたにそんなこと言う資格ある?」
私は母を睨みつけた。
母は哀れな年老いたご隠居のように、情けない眼で私を見る。
その目は澱んでいない。昔母の眼はいつも澱んでいると思っていたが、いつの間に私の方が母より汚れた眼をしてきてしまったのだろう。でもそんな日ももう終る。私は綺麗な世界で生きていく。
母は「分かった」と言って立ち去った。その日母は自殺したファンの母親に送金し、夜の七時にその通帳を見せ、私と母が会うのはそれが最後だった。
母は自殺した。
当然、次の日のスポーツ新聞で“メロンクリームのリーンの母自殺、ファンの自殺とも関係あるのか?”そんな報道がされていた。
「ダーリン今日やっと終わったの」
「終わったって何が?」
「やっと不幸から幸せの世界に入るの。芸能界を引退してもいいわ。私ダーリンと一緒になれるなら知名度なんていらない。お金を十億稼ごうが二十億稼ごうが、お金なんて興味ない。最低限の生活さえできればそれでいい。私の求めているものはね。家族との幸せ。愛した男性と一緒にシェアできる、ごく普通の幸せ。ねえ、二人で住むとしたらどこがいい?マンハッタン?ロンドン?」
「どこへでも」「私マンハッタンがいいな」
「そう、じゃあ、マンハッタンにしようか、リン、今幸せか?」
「とっても幸せ。オリバーあなたは?」
「もちろん幸せだよ。リン、愛してるよ」
「そう、オリバー私もあなたを愛してる」
そのときオリバーの携帯が鳴る。
ブーン、ブーン。
「うるさいわね。オリバー電源切っちゃいなさいよ」
「うん。そうだな。ちょっとメールを確認して」
「確認なんかしなくていいのよ。切っちゃいなさいよ」
「うん。リンちょっと待って」
オリバーはメールを目にした。
“オリバー元気?日本の生活はどう?早く帰ってきなさいよ。ねえ。日本の女性にちょっかい出したりしてないでしょうね?あなたはもうすぐ結婚するんだから、もう女遊びはやめてよ。駄目よ、日本人なんて相手にしちゃあ。早くニュージャージーに戻ってきなさいよ。ねえ、私のファンセ”
(完)