火曜日の幻想譚
28.初恋とアルコールランプ
放課後、詩乃(しの)は理科準備室のドアをノックした。
「どうぞ」
男性の声。詩乃は、ゆっくりとドアを開き、室内に入ってカギをかける。
声の主の飯田先生は、奥の机でノートPCに向かっていた。その周囲には、大量に印刷したと思われるプリントの群れ。そしてその傍らには、詩乃たちも実験でよく使うアルコールランプが一つ。
「うん。これでいい」
書類の出来に満足したのか、先生はノートPCを閉じる。そして、待っている詩乃に微笑みかけると、アルコールランプに火をつけた。
詩乃が飯田先生に特別な想いを抱き始めたのは、一年前のこと。白衣の似合う、ひょうひょうとしたいでたちが、彼女には好もしかった。そして、想いが募りに募った詩乃はダメ元で気持ちを伝え、飯田先生からまさかのOKをもらう。その日、詩乃は嬉しさのあまり眠れなかった。
だが飯田先生は、つきあうにあたって一つだけ条件を付けた。
「僕たちは、恋人以前に先生と生徒だから、しっかりけじめをつけよう」
そう言って、置いてあるアルコールランプを指さす。
「これに火が灯っている間だけ、僕たちは恋人になれることにしよう」
ロマンティックな提案だな、最初のうち詩乃はそう思っていた。だが次第に、何かが違うんじゃないかと思い始める。なぜなら、飯田先生は自分さえ満足してしまったら、容赦なく「恋の炎」にふたをしてしまうからだ。
例えば飯田先生は、火のついている最中、詩乃の至る所に精液をぶちまけた。膣内に、口内に、顔に、胸に、下着に、制服に、体操着に……。だが次の瞬間、アルコールランプは無情にもふたで覆われる。詩乃は、彼の快楽の跡を処理しながら、用済みとばかりに部屋を追い出されてしまう。
例えば飯田先生は、火のついている最中、詩乃にいろいろなことをした。道具を使ったり、動画に撮ったり、拘束したり、排泄させたり……。でも、そこまでしても先生は、決して詩乃を満足させようとはしなかった。詩乃は、「羞恥」という火種だけを持ち帰り、その火種で自身を慰めなければならなかった。
もう、こんなのはたくさん。今日で終わりにする。詩乃は、この変態教師との関係を断つつもりで今日、理科準備室を訪れていた。
彼の今日の気分は、詩乃の口だった。後頭部を乱暴に抑えつけられ、詩乃の口内は彼の白衣から突き出たモノに蹂躙される。詩乃は、悔しくて悔しくて仕方なかった。だがその感情の中でも、彼の絶頂の瞬間を推し量っていた。
「うぅっ!」
彼は体を震わせて、詩乃の口内に欲望を吐き出す。そして、いつものように自分の都合だけで、アルコールランプにふたをしようとする。
「え?」
次の瞬間、ふたがパカッと割れる。当然、炎が消えることはない。
実は、彼が仕事をしている最中に、詩乃はふたをすり替えていた。そして、この瞬間を待ちかねていたとばかりに、机の脚を持ち上げて傾ける。アルコールランプは机上を滑って床に落ち、周りの書類に火を点けた。
「う、うわぁ」
情けない声を上げる彼の萎えきった股間を、詩乃は逃がさないように握りしめる。そして、ものすごい勢いで室内に火が回っていく中、満面の笑みで囁いた。
「火、まだ消えてないよ」
この炎が消える時、私の初恋もやっと終わるんだろうなぁ。薄れゆく意識の中、業火に包まれる白衣を眺めながら、詩乃はそんなことを考えていた。