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火曜日の幻想譚

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72.跛行貝



 F県にS海岸という、寂れた場所があってね。そこには、これから話すような伝説があるんだって。


 昔、その地に一人の女が住んでいたんだ。

 その女には身寄りがなく、一人きりで寂しく暮らしていたそうだ。物静かで大人しい性格で、普段からずっと家にこもりがちでね。外に出るときは、大好きな貝殻を海岸で拾うときくらいだったらしい。おそらく、世間の人々とも無縁な生活を過ごしていたんだろう。

 女の家の近所には、一人の漁師が住んでいてね。その漁師はとても優しい性格で、常日頃から女の安否を気遣っていた。それだけじゃない。力仕事を肩代わりしたり、漁で取れた新鮮な魚介をおすそ分けしたりもしていたんだって。女も寂しい身の上なもんだから、たいそう男を頼りにし、当てにもしていたようだった。

 ある日のこと。

 長い漁に出ることになった男は、女にそのことを伝えようと思い、彼女の家を訪れた。女はうつむいたまま、黙って男の話を聞いていた。そして、男の話が終わると、大きく美しい一つの貝殻を取り出して、男に渡したんだ。
「貴方の安全と、私たちの将来を祈って」
と消え入りそうな声でささやきながら。

 男は礼を言って貝殻を受け取り、しばしの別れを告げた。

 女の家を出た後、男は近所に住む、また別の女に出会った。男はその女にも、長い漁に出ることを伝えたのさ。
「男やもめじゃ、この先大変だろう? 帰ってきたら、あたしと一緒になろうよ」
この海女をしていた女、先の女よりも器量が良かった。周りの評判もすこぶるいい。そんな女のありがたい申し出に、男は二つ返事で了承したんだね。


 それから男は漁に出かけた。そして、漁の最中、もらった貝殻をそっと眺めてみる。その貝殻は美しい二枚貝で、ぴったり閉めるとありのはい出るすき間もない。
「この貝のように、私たちもぴったり寄り添いたいとか、もしかしたらそんな意味だったのかな」
男はふっと思い浮かんだ考えを打ち消して、漁に勤しんだ。


 漁から帰ってきた男は、約束をした女と夫婦となった。貝殻を渡した女は、それを見ても特に何も言わない。
(あの貝殻の意味は、やっぱり考えすぎだったか)
男はそう思い直し、美しい妻と新たな生活を営み始めた。

 始めのうちは、特に何にも起きなかった。異変が起きたのは、3日目のこと。飯をかき込む男のそばに、何かがころころと転がってくる。その何かは転がり続け、男のすぐ近くで動きを止めた。小さな二枚貝だった。
 男はその貝をつまみ上げ、あらためてみる。貝は左右で大きさが異なり、ピッタリと閉じることができなかった。

 その日を境に、毎日、貝が投げ入れられるようになった。窓、扉、屋根のすき間……。いつもいつも、どこからか投げ入れられるその貝は、必ず左右の大きさが違っている。まるで、おまえらはこの貝のように不つりあいだ、と言わんばかりに。
 男は、その犯人に心当たりがあった。一緒になる約束をほごにされた、あの女に違いない。だが、彼女は相変わらずこもり切りで、以前と変わった様子はなかった。
 そうしているうちに、投げ入れられる貝殻の量は、次第に増えてくる。最初は1日に1個だったのが、最近では10個も20個も転がっている。しかも、最近はただ投げ入れられるだけではなく、体に当たったり、踏んで転びそうな場所にあったりと、危険になってきていたんだ。
 男は、だんだん気味が悪くなってきた。このままでは、殺されてしまうか、そうでなくとも神経が参ってしまう。どうすればいいだろうか。

 考えた結果、強硬手段を取ることに決めた。
「逃げよう。どこか遠くで暮らそう。海さえあれば俺たちは暮らしていける」
妻もそれに賛成し、二人は荷物をまとめて船で海洋に乗り出した。

「何とか、逃げ出せたな……」

 女から逃げ出せて、一息つく。だが、男も妻も気づいていなかった。船にも貝殻と似た場所が、存在することに。


 バカンという奇妙な音がした。よく見ると、竜骨が完全に割れている。

 ピッタリと合わなくなった左右の船底、その間から勢いよくあふれ出す海水。それが、夫婦の見た最後の景色となった。

 そのころ、女はケラケラ笑いながら、海岸で左右のそろわぬ貝をいくつも海に投げつけていた。彼女は、昼夜問わず貝殻を投げ続け、やがて衰弱して亡くなったという。


 今でもその海岸では、左右の不ぞろいな貝殻がよく取れるんだ。その貝は、今の話にちなんで跛行(はこう)(つりあいが取れないことの意)貝と呼ばれている。でもこんな逸話のせいで、お土産屋さんとしても、貝を売るのは二の足を踏んでるんだって。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔