火曜日の幻想譚
1.柘榴
私は、かつて人を殺してしまいました。
きっかけはささいなけんかです。たわいもない事を言い争っているうちに頭に血が上り、近くにあったガラス製の重たい灰皿で彼女を殴ってしまったのです。われに返ったとき、既に彼女は血だまりの中に突っ伏していました。次の瞬間、私には冷たい手錠がかけられていたのです。
その後、長かった刑期を終え、罪を償うことができました。知り合いのおかげで勤め先も何とかなり、ほそぼそとではありますが余生のめどもつきました。ですが、こんな年をとってしまった前科者では、もう結婚も難しいでしょう。それに、老後が安泰になるような大金も手に入るとは思えません。不自由や不安を数え上げればきりがありませんが、やはり私は罪を犯してしまった者です。それを思えば、「まだ自分は恵まれている」と自分に言い聞かせるしかありません。ですが、一つだけ、どうしても一つだけ、後悔している事があるのです。
私は柘榴が大好物でした。子供の頃、母がよく食べさせてくれた事もあって、大人になっても好んで食べていました。しかしあの過ちの後から私は、柘榴を食べる事が出来なくなってしまいました。それは、柘榴を割った感触が、彼女の頭を割った感触に酷似しているからです。今でも、スーパーなどで柘榴を見かけるたびに、彼女の割れた頭の映像がよみがえります。それはきっと、彼女が死の間際に発した呪いなのでしょう。そしてきっと、私の死の瞬間まで苦しめ続けるのでしょう。
鬼子母神は人肉の代わりに柘榴の実を食べた、と俗に言われています。人の頭を割る感触を罪の意識として覚えてしまった私には、それとよく似た感触の柘榴を割る資格など、もうなくなってしまったのかもしれません。