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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(2)

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「(スイーツかぁ。おなかすいたなぁ、この状態でなにか食べられるのかな?)」
 血流などもイケるのだから、おそらく大丈夫だろう。
 ファウストがルーファスをガン見している。正確にはその症状を観察していた。
「本当に斬られた者ははじめて見たが、ふむ……体調などにはなんら異変はないようだ」
「あの鞘さえあれば元に戻るんですよね?」
「戻らんな」
「はぁ?」
 先生に向かって『はぁ?』とか言ってしまった。ヤンキーのごとく『はぁ?』だ。
 ファウストはすました眼で生首を見た。
「鞘は剣を封印するにすぎない。次の被害者を出さないためのな」
「また切るってことですよね(僕の手から離れないのに、この状態で切ってしまった殺人鬼じゃないか)」
 もう十分にブンブンしたので、目撃者にはかなりヤバイ殺人鬼モンスターだと思われただろう。
「ならどうやってたら元に戻れるんでしょうか?」
 続けて尋ねた。
「それそのものは簡単だ。他人の首をはねればいい」
「……はい?(僕に殺人鬼になれってこと?)」
「風邪は他人にうつせば治るというだろう、それと同じだ。その剣で他人の首をはねれば、その者が新たに呪われ、今のおまえと同じ状況になる。そして、おまえは元通りというわけだ」
「そんなことできるわけないじゃないですか」
 口ではそう言っているが、手元はブンブンヤル気だった。
 もちろん口だけでなく頭でもそんなこと思っていない。思っていない――でも、身体が抑えきれない。
 ベッドで寝ていた胴体がバッと立ち上がったかと思うと、剣を振りかざしてファウストに斬りかかった、
「逃げて先生!」
「フンッ!」
 逃げるまでもなくファウストは片手でルーファスの胴体を押し飛ばした。狂気に駆られ、凶器をブンブンするルーファスなので、肉体はひ弱なのだ。
 床に叩きつけられるようにして転が回る胴体。首も苦痛を浮かべている。
「先生、なにするんですか!(思いっきり腰打ちつけた、尾てい骨を打つとか……うう)」
 胴体と切り離されていても、詳細な痛みが脳まで届くらしい。
「ルーファス!」
「は、はい!」
 名前を怒鳴られルーファスの胴体がピタッと止まった。
「呪われているとはいえ、それに屈するとはなにごとだ。精神を統一して魔力を制御すれば、呪いに自由を奪われることはないのだ」
「は……はい(そんなこと言われてもムリだよ)」
「その呪いはごくごく弱いものだ。なぜなら本体の呪いではないからだ」
「と、言いますと?」
 ファウストは溜息を落とした。そんなことも知らないのか、仕方ない説明してやろうという顔つきだ。
「ドゥラハンとは首なし騎士の妖魔だ。おまえが呪われたのは、その剣に過ぎない。ドゥラハンがその剣で首を狩り続けることで、その剣事態が魔導生物のように意思を持ちはじめたのだろう。長らく封印されていたことで魔力が抜け、現在は微力の魔力しかもっていないことは、おまえでもわかるでしょう?」
「(わからないです)はい、わかります」
 心で思ってもわからないだなんて言えなかった。
 この世界の魔力の根源はマナと呼ばれるものである。微量の状態では目で見ることはできないが、多く集まることでだれの目でも確認することができる。小さな光球としてフレア化したり、宝石や鍾乳洞のようなものとして結晶化することもある。
 魔導士などは、一般人が見えないようなマナを感知、もしくは視覚として視ることができる――ように鍛錬しているのが当たり前だ。
 ルーファスはドゥラハンの剣に宿った呪いの根源になっているマナを視ようとした。が、そもそも現在、首が明後日の方向を向いているため、マナを視る以前の問題だった。
 しばらくすると、ビビが駆け足で保健室に戻ってきた。
「なかったよーっ!」
 元気な声でご報告。
「ちゃんと探したの?」
 ルーファスが不満そうに尋ねた。
「ちゃんと探したよぉ、一生懸命がんばったもん。疑うなら自分で探したらぁ?」
 ビビはぷぅっと頬を膨らませた。
 鞘がなければ封印ができない。封印ができなければ――。
「(どうせ僕の身体はこのままなんだけど)」
 とくにルーファスには影響はないようだ。
 と、思われたのだ――。
 床で倒れてた胴体が勢いよく起き上がり、ブンブンしながらビビに襲い掛かったのだ。
「こないでっ!」
 両手を突き出しビビはドンと胴体を跳ね飛ばした。
 簡単に胴体は床に倒れて難は逃れられた。やっぱり弱い。弱いのだが、問題は徐々に凶暴化していることだ。
 倒された胴体はムクッと立ち上がり再びビビに襲い掛かった。
「ルーちゃんヤダッ!」
「ヤダって言われても身体が言うこと聞かないんだよ!」
「こないでって言ってるのにっ!」
 ビビちゃんが顔を背けながらグーパンチを放った。
「ぐえっ」
 見事、ルーファスの柔らかい腹部にヒット。呻きながら両手で腹を押さえて、ゆっくりと後退りながら倒れた。
 バタッ。
 ルーファスは目を開けたまま気絶していた。
 辺りは真っ白だ。
 ぼんやりとした視界。
 だれかが呼ぶ声がする。
 ――ルー……ルー……ス……ルーファス!
 だんだんと声がハッキリとしてくると共に視界も開けてきた。
「立つんだルーファス!」
 その荒ぶり懇願のこもった声でルーファスはカッと眼を開けた。
「だれだよ!」
 いの一番でルーファスは叫んでしまった。
 目の前には眼帯出っ歯のハゲオヤジ。
「立つんだシジョー!」
「いや、ジョーじゃないから(ジョーってだれだよ)」
 ジョーがいったいだれなのかわからないが、気づいてみればルーファスの格好が変だった。
 真っ赤なボクサーパンツに傷だらけのグローブ。格好はボクサーなのだが、身体が貧相すぎ。真っ白ボディはもやしっ子の鏡。ちょっと最近おなかがぷくっとしてきたのが悩みの種だったりする。
「えっ、なに、この格好で僕にどうしろと?」
「行け、ジョー!」
「だからジョーではないんですけど」
 いったいなにを行けと?
 ここはリングの上だった。顔を上げると、その先には馬に乗った首なし騎士。
「ボクシングじゃないし!」
 対戦相手はボクサーではない。
 ドゥラハンだ!
「ん?」
 ルーファスはなにかに気づいた。
 ドゥラハンが抱えている生首。
「僕じゃないか!」
 抱えられている生首はルーファスだ。
 さらのおかしなことに自分の視線の高さだ。まるで胴体に首が乗っているような。慌てて頭を手探りで触ろうとしたが空振りするばかり。だが、視線の高さはいつもの頭の位置なのだ。
 微かな声がする。
《……ルーファス……マナの流れを……のだ》
 少し高圧的だが、聞き覚えがあって安心する。ファウストの声だ。
 姿は見えずとも声がする。まるで心の中に直接語りかけてくるような感覚。そして、ルーファス理解した。
「精神界だ。僕の心の世界……いや、ドゥラハンの剣と僕の精神がせめぎ合う世界だきっと」
 ファウストの声は現実世界からの声に違いない。
 また声が聞こえる。
《……ようでは……落第だぞ》
 途切れ途切れだが、最後のキーワードはハッキリと聞こえた。
 ルーファスはだいたい理解した。
 この世界に迷い込む前にファウストが言っていた。