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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(2)

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目覚めのキスは新たな予感4


 再び時間が動き出した瞬間、大きな水飛沫を上げてセツが河に沈んだ。
 水面から顔を出して、手をバタつかせるセツ。
「泳げないのです! 内陸部の出身で泳ぎなっ……」
 セツの顔が沈んだ。
 パニックになるルーファス。
「わっ、えっ、マジ、あっ……うっ!(僕も泳ぎはちょっと)」
 しかも、服を着たままなど危険極まりない。布が水分を吸って重くなり身体に張り付き自由を奪う。ルーファスも溺れかねない自殺行為だ。しかも、たっぷりどっしりな布が使われている魔導衣着用。
 ならば和服のセツも事態は深刻だ。まったく泳げないとなれば、さらに状況は最悪へと進む。
 あれこれ考えている場合ではない。ルーファスは河に飛び込んだ!
「やっ!」
 水中で沈み行くセツの姿。眼を大きく見開いて水面に手を伸ばしもがくようすは恐怖だ。
 泳ぐと言うよりもがいてルーファスは潜っていく。
 セツの口から漏れた大量の泡。大変だ、セツの息が続かない。
 ふっと糸が切れた人形のようにセツの動きが止まる。
 慌てたルーファスは口を開いてしまい、大量の泡が水面に昇っていった。
「(うっ……苦しい)」
 ルーファスの息も続かない。だが、今から水面に戻って呼吸をしていたら、セツを助けられない。今このときも、セツはゆっくりと暗い水底[みなそこ]に落ちていく。
 真っ赤な顔をして懸命に潜り続けるルーファス。あと少し――ついにセツの服をつかんで抱き寄せた!
 やはりセツは気を失っている。ルーファスも息が限界だ。もう水面に上がる余力などなかった。
 真面目な顔をして目をつぶっていたルーファスが、瞳をカッと開いた。
「(そうだ!)」
 ルーファスは神経を集中させて、手のひらで魔力を練った。
 まるで沸騰するように、手のひらから小さな粟粒がいくつ沸き出す。
 急に大きな泡となり、ごぼっと水面へ上昇した。
 慌ててルーファスはその泡に噛みついて口に入れようとしたが、口に入ったのはほとんど水。
「(ダメだ、うまく魔力が練れない)」
 少量の酸素をつくることはできるが、それを自分だけでなくセツに与えるのは難しい。気絶した相手では、空気を呑み込むこともできず、誤って水を呑んで気道に入ってしまう可能性も否めない。
「もっと大きな泡で身体を包めれば……そうか、エアスクリーンだ!」
 再度、魔法を使おうとした。だが、全身から小さな気泡が出たのみ。
「やっぱりダメだ!」
 苦しげな表情をするルーファス。
 魔法とは唱えるもの。現存する魔導の原型となったライラの別名は〈神の詩〉。意味を持ち、言霊なったとき、最大限の力が引き出すことができる。念じるだけでも魔法の使用は可能だが、それでは力が弱い。
「(神様、僕に力を貸してください)」
 ゴボゴボゴボ……と泡の言葉を吐きながら、ルーファスは魔法を唱えた。
 しかし――なにも起きなかった。
 肺の空気を使い果たしたルーファスはセツを優しく抱きしめたまま、意識が遠くなり白い世界から真っ暗に閉ざされた闇に落ちそうだった。
「(ダメだ……もう死ぬんだ……でもセツだけでも……助けたい!)」
 カッと開かれたルーファスの両眼。
 片眼が蒼く輝いていた。魔力を帯びた輝きを持つオッドアイ。
 刹那、氷結した!
 ルーファスたちの水が一瞬にして凍りつき、球状の空間に閉じ込められたのだ。
 スノードームのようなその空間に小さな雪の結晶が舞う。
 そう、ここには空気があった。
 氷の壁が作られ、中には水がない。水系と風系の魔導系統を同時に使用したのだ。
 ふたりを乗せたスノードームは水面へと昇っていく。
 ルーファスは驚いた表情をしていた。
「……なにが?」
 この魔法はいったいだれが発動させたのか?
 ルーファス自身に自覚はなく、セツは気絶したままだ。
 直前に起きたルーファスの変化は、すでに何事もなかったように消えている。
「はっ……セツっ!!」
 慌ててルーファスは状況を思い出しセツの様態を確かめる。
 口元に耳をそっと近づけると、呼吸の音が聞こえなかった。
「うそ……だよね?」
 真っ白になりかける頭。
 腕から脈を取る。
「うまく測れなかった」
 自分自身の乱れている呼吸のせいでセツの脈をうまく測れなかった。
 太い血管を探して、今度は首から脈を測ろうとした。
「うそ……だよね?」
 同じ言葉しか出なかった。
 ルーファスはセツの顔を覗き込むと、紫に染まった唇を見た。
 すぐに人工呼吸が脳裏に浮かんだが煩悩も同時に沸き上がった。
「(キスなんて……でもやらなきゃ!)」
 こうしている間にも1分1秒と時間は過ぎ去り、セツの様態は深刻さを増していく。
 ルーファスは目をつぶった。
 そして、息を大きく吸いこむと、勢いよくセツの唇にぶつかっていった。
 冷たい口づけ。
 自分から他人に、ましてや女性にキスする日が来るなんて夢にも思っていなかった。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。セツの鼻をつまんで、漏れることなく息が肺の底まで届くように吹き込んだ。
 ――――。
 口を離し、すぐに声をかける。
「セツ!」
 返事はない。
 もうキスをしたときに覚悟を決めている。ルーファスは臆することなくセツの鳩尾[みぞおち]あたりに平手を置いた。柔らかな胸の感触が伝わってくる。どうやらセツは着やせするタイプだったらしい。
 覚悟は決めていたとはいえ、実際に感触が伝わってくると、動揺して顔をが赤くなってしまった。
 それを振り払うように、ルーファスは魔法を放った。
 ドン!
 風系の衝撃で心臓マッサージを行ったのだ。
 そのまま立て続けに、繊細に注意を払いながら、幾度かマッサージをして、再び人工呼吸をした。
「お願いだから!」
 のどがはち切れんばかりに叫びながら、再び心臓マッサージをする。
 心臓マッサージなんて今までしたことはない。切羽詰まった状況で見よう見まねだ。リスクもあるだろうが、死はすぐそこに迫っている。
 ルーファスの頭によぎる。
「(電撃で……いや、危険すぎる)」
 不可能ではないが、ルーファスの技量では奇跡が起きない限りムリだ。
 ルーファスは今、自分にできることを精一杯した。
 再び心臓マッサージをして、人工呼吸をする。
 口づけをして息を吹き込んだ次の瞬間、セツが急に咳き込んだ。
 思わず叫ぶルーファス。
「セツ!」
 朦朧とする意識の中で名を呼ばれ、重たいまぶたで何度かまばたきをして、セツは静かに口を開く。
「ルーファス……さま?」
 自分の置かれている状況を理解できずにいる。目に入った者の名を呼んだに過ぎない。
 無意識にルーファスはセツの肩を力強く握った。
「セツ! セツ! セツッ! 生きてるんだよねセツッ!」
 鼻水を垂らしながら、ルーファスは顔をグシャグシャにして、大粒の涙を撒き散らした。
 セツは自分の身体が濡れていて、酷く凍えることに気づいた。けれど、1ヶ所だけは、ほのかに温かかった。そっと指先を伸ばしてセツは自らの唇に触れた。
 そのようすを見ていたルーファスはハッとして沸騰する思いだった。