魔導士ルーファス(2)
古き魔晶の闇2
《緊急防御コードが発令されました。学院全体を結界で覆い、ただちにすべての扉をロックします。危ないですので扉などに近付かないようにお願いします》
「えぇ〜〜〜っ!?」
ルーファスがトイレの個室で叫んだ。
たった今用を足して、トイレの水を流そうとしていたその最中だった。
水を流すことを後回しにして、さらに下着を穿くのも忘れ、とにかくドアを開けようとした。
ガン!
ドアにタックルしたが開かない。
「と、閉じ込められたぁ!」
水も流さず、下半身丸だしでパニック状態のルーファス。
「トイレに閉じ込められるなんてヤダよぉ!」
ゴンゴンゴンゴン!
何度もドアを叩くが開かない。
「臭いし怖いしだれか助けてぇ〜〜〜!」
クサいのアンタのせいだ。
とりあえず水を流して落ち着けルーファス。
「……トイレでなぞの変死体発見……なんて絶対ヤダよぉ〜!」
ゴンゴンゴンゴン!
叩いても叩いてもドアは開かない。カギの閉まったドアは叩いても開かない。
ここでルーファスはあることに気づいた。
そう、カギの閉まったドアはカギを開けなくては開かない。
ガチャ♪
ドアのカギを開けたらあっさりドアは開いた。
ルーファスの早とちりにだった。
ロックされたすべての扉の中には、すべてと言ってもトイレの個室のドアまでは含まれていなかったのだ。
「はぁ、良かった」
こうしてルーファスはどうにか個室からの脱出を成し遂げたのだった。
しかし、ある重大なことをルーファスは忘れている。
トイレの水を流していないのだ!!
パニック状態とその後の安堵ですっかり忘れてしまったらしい。
近い将来、『ウ○コ流してないヤツは誰だ!?』と、犯人捜しのウワサが広まるのは間違いない。
安心しきっているルーファスに危機が訪れる!
「開かない!!」
予想どおりの展開だった。
個室のドアは開いても、トイレの出入り口はロックされていたのだ。
「今度こそ本当に閉じ込められた!?(こんな臭くて怖くてジメジメしてて、なんか出そうなとこに閉じ込められたくないよぉ)」
だからクサいのは自業自得だ。
とりあえず代わりの出口を探すルーファス。
だが、その捜索もすぐに打ち切られた。
「なんで……ドアが……閉まってるの?」
個室のドアが閉まっている。
とりあえずここは友好的にノックだ。
トントン♪
――返事がない。
トントントン♪
――返事がない。
青ざめたルーファスは一目散に後退った。
「(冷静に考えよう。ドアの閉まってる個室ということは、中にだれかがいるのは間違いない。だったらなんで返事がないんだろう。まさか踏ん張りすぎて気絶してる!?)」
そうだとしたら一刻も早く助け出さなくては!
しかし、ルーファスはその場から動けなかった。
「でも……(もしかして違う可能性だって)」
その瞬間!
ウグググググウウゥウゥゥゥ〜〜〜ッ。
世にも恐ろしい亡霊のような呻き声が響き渡った。
「ぎゃああああぁぁぁぁっ!!」
ルーファス絶叫!
もっともルーファスが考えないようにしていたことが頭を過ぎった。
トイレのベンジョンソンさん!!
いつかの恐怖が蘇ってきた。
アフロヘヤーで犬顔の黒人でボクサー風の幽霊。その名もトイレのベンジョンソンさん。彼への対処法はトイレットペーパーを10ラウルで購入すること。
すぐさまルーファスは小銭を探そうとしたが、サイフがない!?
「なんで……ご飯食べたときはあったよね? あれ、なんでないの!?」
慌てるルーファス。
しかし、ここでルーファスはハッとするのだ。
「(トイレのベンジョンソンさんって紙がないときに現れるなんだよね?)」
だとしたら別の幽霊または妖怪か?
ルーファスは学校の怪談を恐る恐る思い出した。
「まさかハヤシヤペー&パー!?」
トイレに出没するというユニットの妖怪だ。なにかトイレで恥ずかしいことをすると、ピンクの衣装を着た夫婦が召喚され、その場をカメラで激写されるというウワサだ。
そうだ、きっとルーファスがトイレを流し忘れたからだ!!
でもまだまだトイレには怪談がある。
ぶっちゃけ、確認してみないと個室から何かが出てくるかわからない。
だがルーファスは確認したくない!!
「だれか助けてよぉ!」
ゴンゴンゴン!
出入り口のドアを力一杯叩くが手が痛くなるだけ。
ううぅぅぅ〜〜〜。
また呻き声だ。
ただ、さっきよりも人間っぽい。
しかし安心はできない。
トイレのベンジョンソンさんもハヤシヤペー&パーも見た目は人間っぽい。
こうなったら後先なんて考えていられない。
ルーファスは魔法を唱えようとした。
「エアプレッシャー!」
圧縮された空気を放出させる呪文。
ぽふっ♪
情けない空気の塊がドアに当たった。
精神が乱れているとマナを操れずに魔法が安定しないのだ。
もしも魔法がちゃんと発動していたとしても、ロックの掛かったドアは魔法障壁で守られているので開かなかったが。
「ううっ……だれか……いるのか……」
開かずの個室から聞こえてきた男の声。
ルーファスは思った。
「(ここで返事をしたら魂を持って逝かれる!)」
対応したがために亡霊につけ込まれるパターンはよくある。
シーンと静まり返ったトイレ。
またなにやら声が聞こえて来た。
「だれかいるなら……助けてくれ……ここに……閉じ込められた」
それっぽい言葉で誘い出すというパターンもよくある。ルーファスはシカトを決め込んだ。
そしてまたしばらくすると声が聞こえてきた。
「だれかいるなら返事をしろ!!」
一喝するような声。
その声を聴いてルーファスは震え上がった。その反応は脊髄反射的なものだった。ルーファスのよく知る人物だ。
「……もしかして……ファウスト先生ですか?」
「ルーファウス!!」
「は、はい!!」
「いるならば、なぜ早く返事をしないのだ!」
「ご、ごめんなさい」
クセのあるしゃべり方をするファウストの声は、聞き違える方が難しい。
すぐにルーファスは閉まっているドアの前に立った。
「あのぉ、どうしたんですかファウスト先生?」
「説明はあとでしてやる。今は私をここから出すのだ」
「出すって、自分じゃ出れないんですか?」
「拘束されているのだ」
「(拘束って穏やかじゃないなぁ)でもどうやって助けたら?」
「とにかくドアを開けろ、この際壊しても構わん」
ドアが開かないということは、内鍵が掛かっているのだろう。
よじ登ればドアの上に隙間がある。ルーファスによじ登れればの話だが。
壊すとしたら、先ほどルーファスがやろうとしたように、魔法による衝撃などを使う方法。ただし、あまりやり過ぎると、ドアが吹っ飛んだときの衝撃で、中にいるファウストにも危害が及ぶ可能性がある。
「やっぱりできませ〜ん!」
ルーファスは考えた末に弱音を吐いた。
「ルーファウス!!」
響き渡る一喝。
震え上がるルーファス。
「ご、ごめんなさい、やれるだけやってみます!」
ルーファスの周りの大気が渦を巻いた。
「エアプレッシャー!」
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)