魔導士ルーファス(2)
リファリスはセツのつま先から頭のてっぺんまで、じっくりと舐めるように見定めた。
「ふ〜ん、なかなかのべっぴんじゃないか、ルーファスにはもったいないくらいだ。見たところワコクの出身みたいだけど、クソ親父が見たら反対されるだろうね、異文化を認めない頑固親父だから」
「お姉様、つまらないものですが」
セツは隠し持っていたビール樽を出した。
それを見た途端、リファリスはセツを抱き寄せて上機嫌になった。
「今日からあんたはわっちの妹だよ、あっはは! クソ親父なんぞガツンと言って結婚に賛成させてやるさ!」
酒で落ちた。
リファリスはルーファスを置いて、セツをリビングに案内した。
「まずは妹のローザと母さんを仲間に引き入れるんだ。そうすりゃ、クソ親父もウンというだろうさ。クソ親父もあの二人だけには弱いからね」
「お二人の好きな物はなんでしょうか?」
「そうさねぇ」
答える前にルーファスが二人の間に割って入った。
「ちょっと勝手に話進めないでよ!」
「ルーファスは黙ってな!」
リファリスの手に顔をグゥ〜っと押されてルーファス沈没。
ピンポ〜ン♪
家のチャイムが鳴った。
リファリスはセツと話し込んで出る気配がない。仕方なくルーファスが玄関に向かった。
「どなたですか?」
ドアを開けると、そこに立っていたのはクラウスだった。
「水くさいじゃないかルーファス」
「私は結婚――」
「するそうじゃないか!」
「しないってば!」
「そうなのか? だがもう祝いの品を持ってきてしまったぞ?」
言われてルーファスが玄関の外を見ると、道に山住にされたお宝の山と高級食材の数々。
「こ、困るよ、あんな物もらったら! そもそも結婚の話はデマなんだし!」
ウワサが広まり、騒ぎが大きくなると、誤解でしたじゃ済まされなくなる。それをルーファスは悟った。
お付きで来ていたエルザは兵士たちに撤収をかける。
「これより運んできた物を再び城に持ち帰る!」
「いや、待て」
と、リファリスはエルザの肩を叩いて続ける。
「せっかくだ、酒くらいは置いてけ」
「久しぶりだなリっちゃん。お前が帰ってきていたことは知っていたが、忙しくてな」
「再会を祝して飲むぞ!」
「いや、私は酒は……」
「そうかエルりんは下戸だったな。そんなことはいいとして、いっしょに飲むぞ!」
よくないだろ。飲めない相手を飲ますな飲ますな。
エルザがリファリスに拉致され、ルーファスが大量の祝いの品の前で頭を抱えている中、セツはクラウスにご挨拶をしていた。
「この度、ルーファス様を婚約いたしましたセツと申します」
「僕はルーファスの古くからの友人のクラウス。この国の王をやっている者だ」
「まあ王様なのですか。ルーファス様の交友関係は広いのですね」
「君のような美しいひとがルーファスと結婚してくれるなんて、僕は友人として嬉しく思うよ」
道の向こうから、なにやら大勢が押し寄せてくる。
「ルーファス結婚おめでとう!」
「ふざけんなルーファス!」
「俺より先に結婚しやがって!」
「うらやましくなんてないからな!」
「パンツ見せてくれませんか!」
「呪ってやる!」
結婚のウワサを聞きつけて、知人友人が駆けつけたらしい。しかもほとんどがお祝いじゃなくて、呪いをぶつけに来たらしい。
こんな状況なら、誤解でしたでみんな喜ぶんじゃないだろうか?
ルーファスは一歩前へ出て息を大きく吸い込んだ。
「みんなよく聞いて欲しいんだけど、結婚の話は――」
「順調に進んでおります。ぜひ、みなさま明日の結婚式に来てくださいまし」
と、セツが途中で割り込んできた。
負けじとルーファスは一歩前へ。
「結婚なんて絶対に」
「します!」
またもセツが!
だが、ルーファスは負けない。
「しません!」
「そう、離婚は絶対にしません、幸せになります!」
セツも譲らなかった。
このままではラチが開かない。
こういうときはお決まりの――ルーファス逃亡!
だれかが叫ぶ。
「ルーファスが逃げたぞ!」
「あれがウワサのマリッジブルーかっ!」
「パンツの色教えてくれないとイタズラしちゃうぞ!」
「花嫁が花婿を追いかけはじめたぞ!」
とにかく逃げるルーファス。
しかし!
恐ろしいことに、恐ろしいことに、恐ろしいほど体力のないルーファス。
「ゼーハーゼーハー」
息切れして立ち止まっていた。
そこへちょうどやってくる暴れ馬。
「馬!?」
ど〜ん!
狙っていたように馬に跳ね飛ばされたルーファス。
すぐさま犯人が馬から下りてきて倒れるルーファスに駆け寄った。
「大丈夫ルーファス!?」
どうやらルーファスの知り合いらしい。
朦朧とする意識でルーファスは顔を上げ、その人物を見た。
「ローザ……姉さん……」
「ローゼンクロイツと結婚するって本当なの!」
「は?」
「お姉ちゃん、それはそれでアリだと思うの」
瞳をキラキラ輝かせているローザ。
瀕死だったルーファスがビシッと立ち上がった。
「ローセンクロイツと結婚するわけないでしょ!」
「はい、わたくしと結婚します」
いつの間にかセツ登場。
すかさずセツはローザを連れてルーファスに背を向けると、とある本を手渡した。
「お姉さまがお好きだと聞いて、どうぞつまらない物ですが」
「まあ、すごい!」
「気に入っていただけましたか?」
「ええ、すごいモノをお持ちで」
いったい何の本をプレゼントしたんだッ!?
ちょっと顔を赤らめたローザが、スタスタっとルーファスの前までやって来た。
「修道女として、なにより姉として、ルーファスの結婚を心から祝福します。この二人に幸あれ!」
ローザまでもセツの味方に!
どんどんルーファスが四面楚歌(四方を敵に囲まれて孤立無援なこと)になっていく感じだ。
「だ〜か〜ら〜、僕は結婚なんてしないって」
「で、式場はどこがいいと思うルーファス?」
「ぎゃっ、カーシャ!?(いつも神出鬼没)」
式場のパンフレットを持ってきたカーシャが突然現れた。
「妾としては学院で式を挙げるというのもいいと思うぞ(タダで使えるな)」
「だから僕は結婚なんて」
「するだろう?」
鋭い眼光でカーシャがルーファスを睨む。
ここでNOなんて言おうものなら、そりゃー大変なことになる。が、YESなんて言えばそれはそれで大変だ。
答えが出せないときは――ルーファス逃走!
ドテッ!
走り出した瞬間にルーファスがコケた!
「二度も逃がすか、たわけ」
ロープを握っているカーシャ。そのロープの先はルーファスの足首に結ばれていた。
セツはカーシャの前で瞳を輝かせた。
「ありがとうございます、夫を捕まえてくださって」
「ふむ、保護者のようなものとして当然だ」
ここでボソッとルーファスが口をはさむ。
「まだ夫じゃないし」
だが、それも時間の問題に思えてくる。
逃走を封じられた今、ルーファスに残された技はあの究極奥義。
土下座!
「お願いだから婚約破棄して!」
おでこをしっかりと地面に付ける華麗なる土下座スタイル。
決死の土下座を見せつけられたセツ。
「男が土下座など、こんな無様な姿を見せられてしまっては――」
婚約破棄か?
作品名:魔導士ルーファス(2) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)