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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(2)

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古き魔晶の闇1


 在校生や学院で働く者を合わせると、2200人以上にもなるクラウス魔導学院。
 昼休みともなると喧噪はまるで人混み溢れる市場のようだ。
 さらに昼の授業がはじまる間近となると、その喧噪は地響きのようになる。
 ぎゅるるるるるぅ〜〜〜!
 ここにも不吉な地響きが……。
 青ざめた顔をしてその場にうずくまってしまったルーファス。
「おなかい〜た〜い〜よ〜」
「だいじょぶルーちゃん?」
 心配そうな顔をしてビビがいっしょにしゃがみ込み、ルーファスの顔を覗き込んだ。
 もうすぐ授業がはじまるというのに、ルーファスのおなかはそれどころではなかった。
 午後はじめの授業は召喚室での実習で、授業担当はファウストだった。
 ルーファスは召喚の授業はただでさえ温情により、赤点ギリギリのところなのに、ここでファウストの印象を悪くするのはマズイ。
 トイレに行って遅刻するのもマズイし、授業中におなかが痛くてロクに授業が受けられないのもマズイ。
 もぎゅるるるるぅ〜〜〜!
 ルーファスのおなかが限界だった。選択の余地などない。
「ちょっとトイレ行ってくる。先生来ちゃったらどうにか言い訳しておいて……ううっ」
 ルーファスはお腹を押さえたまま、前のめりになってゆっくりゆっくりと召喚室を出ていった。
「ルーちゃんだいじょぶかな?」
 ルーファスが苦しそうに去った方向を眺めながらビビがつぶやいた。
「彼の胃腸の弱さはいつのもことさ。心配していたらこっちの身がもたいないよ」
 とビビの横に来て言ったのはクラウスだった。
「でも今回はルーちゃんの胃腸のせいじゃないんだよ、だれだってあんなの食べたら……」
 なにかを思い出したビビはゾッと顔を青くした。
 クラウスが尋ねる。
「なにかあったのかい?」
「聞いてよ、今日ねアタシとルーちゃんとローゼンでお昼食べてたんだけど」
「うんうん」
「ルーちゃんがローゼンの七味唐辛子たっぷりのうどんを間違って口にしちゃって……。あれはうどんってゆーか、七味唐辛子のところしか口に入れてなかったんだけど」
「まったくルーファスのその手の話は事欠かないね(僕といるときもいつもそうだからな)」
 溜息を吐いたクラウスはふと辺りを見回して、不思議そうな顔をしてビビに尋ねる。
「ところでローゼンクロイツは?」
「あれ、途中までいっしょだったんだけど?」
「まあ彼が突然いなくなるにもいつものことさ。とくに移動教室のときは周りが気をつけてあげないと」
 ……迷子になるのだ。
 キンコーンカーンコーン♪
 授業開始のチャイムがなった。
 ルーファスは戻って来られなかった。
 しかしファウストも来ない。
 先生が来ないことに生徒たちは雑談を続ける。
 3分が過ぎ、5分が過ぎ、10分になろうとするころ、さすがに心配になってきたビビ。
「どうしたんだろう?」
 クラウスも同じように心配した。
「たしかに遅いね」
 そして、二人は声を合わせて――。
「ルーちゃんだいじょぶかなぁ?」&「ファウスト先生が遅れるなんて……」
 違う心配をしていた。
 まん丸な瞳でビビはクラウスを見つめた。
「えぇ〜っ、ルーちゃんの心配じゃないのぉ?」
「ルーファスはいつものことさ。それよりもファウスト先生が授業に来ないときは、だいたいなにか問題が起こるときさ」
「どーゆーこと?」
「ちょうど先週もあったろ? ほら、ファウスト先生が授業を放り出して古代遺跡に行ってしまってみんなを巻き込んだことが」
「あーあれね。古代兵器とか言って大変だったんだけど、ただの花火だったんだよね」
「そう、ファウスト先生は魔導具などのことになると周りが見えなくなるんだ」
「そんな先生クビにしちゃえばいいのに」
「魔導士としては優秀だからね。それに我が学院には総勢73人の講師がいて、彼らはみな一癖も二癖もある者ばかり、ファウスト先生が特別というわけでもないし、生徒も多いから講師がひとりいなくなるだけでも大変なのさ」
「ふ〜ん」
 そんな話をしつつ、また少し時間が過ぎた。
 ビビは不安そうな顔をしている。
「まさかルーちゃん行き倒れになってるかとか!?」
「過去に何度かあったね、そんなこと」
 さらっとクラウスは言った。
「ええ〜っ、だったら今すぐ探しに行かなきゃ!!」
「そこまで心配しなくても――あっ」
 クラウスの話も聞かずにビビは走って召喚室を出て行ってしまった。
 だいたいそれと入れ替わるように、召喚室に紅い衣装を着た女性が入ってきた。
 講師だろうか?
 それとも生徒だろうか?
 講師の数が多いため、ほとんどの生徒は講師たちの顔を把握していない。異種族や留学生、高年齢で入学してくる者も多い。そのため見た目で判断するのは難しい。
 紅い女性は生徒たちを見回した。
「みなさんお静かに、お静かに」
 雑談をしていた生徒たちが少し静かになったが、まだざわめきは収まらない。構わず紅い女性は話をはじめる。
「ファウスト先生は急に体調を崩されまして、わたくしが代わりにこの授業を受け持つことになりました」
 どうやら講師らしい。
 ただクラウスは少し不思議な顔をしている。
「(あんな講師いただろうか。それと本当に体調を崩したとも限らないだろうな。ファウスト先生が問題を起こしたのを隠している可能性もある)」
 クラウスは考えたあと、手を挙げた。
「先生、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「マダム・ラ・モットとでも呼んでください」
「失礼ですがラ・モット先生、僕はこの学院の講師はすべて把握しているつもりだったのですが、先生の顔も名前も存じ上げませんが?」
 多くの生徒は講師たちを把握していなくても、こういう例外もいる。
 ラ・モットはにこやかに微笑んだ。
「本日から赴任してまいりましたから」
「なら僕のところにも書類が来るはずなんだけど……」
「あなたのところへ書類が来る?」
「僕も学院の運営関係者のひとりですので、就職者の書類は僕のところにも持ってくるように言ってあるんですが」
「……そうですか。なにか事務に不備があったのかもしれませんわね。ただそれはわたくしの仕事ではないのでなんともわかりかねますわ、クラウス王」
 最後に言葉にクラウスは反応して、爽やかな笑みを浮かべた。
「赴任してきたばかりで聞いていなかったのかもしれませんが、学院内では王と呼ばないように学院職員には伝えてあります。ラ・モット先生も僕のことを一生徒として扱ってください」
「それは失礼しました。ではさっそくですがクラウスくん、今日の授業のお手本になってもらいましょう」
「はい、わかりました」
「みなさん授業をはじめます、こちらに注目してください」
 早々に授業をはじめるラ・モット。
 召喚室に保管されていた召喚用ペンキの中から、最高級の物を選んでラ・モットは床に魔法陣を描きはじめた。