魔導士ルーファス(1)
さすがカーシャ!
めんどくさいことは自分じゃやらない主義の代表だ。
というわけで、カーシャはビビの髪の毛をつかんだまま――投げたーッ!!
「い゛ったーい!!」
絶叫しながらビビが宙を飛んだ。
地対地ミサイルのように上空からモルガン目掛けて落下。カーシャのコントロールは完璧だった。さすがいつもルーファス投げで培った技だ。
モルガンが演奏を一時中断して――と言っても自動演奏機能で音は流れ続けているが、とにかくモルガンはネックを握り締めギターを逆に持ち、とある球技のフォームで迎え撃った。
そう、バッティングフォームだ!
カッキーン!
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
鳴り響くビビの悲鳴。
打ち返されたビビがぶっ飛び、その先にぼっーっと突っ立っていたのがルーファス。
ドカーン!
大激突したルーファスとビビ。
だが、ビビは軽傷で済んだ。なぜならルーファスが受け止めたというか、良いクッションがわりになったというか、良く言えば身をていしてビビを守ったのだ。
その一部始終を見ていたモルガン。
「まさか……(あのガキンチョが危険を顧みずシェリルを守ったというの?)」
見事な勘違い!
でもポジティブな解釈!
痛む体を押さえながらビビがゆっくりと立ち上がる。もうすっかり酔いは醒めてしまった。
「いてて……カーシャさんもママもホントに容赦ないんだから……っルーちゃんだいじょぶ!?」
自分の近くで倒れているルーファスにビビは気づいた。
カーシャに投げられ、モルガンに打ち返されたのはあっという間の出来事で、ルーファスが人間クッションになっていたことに今気づいたのだ。
慌てたビビはルーファスの状態を起こして肩に手を掛けると激しく揺さぶった。
「ルーちゃんしっかりして!」
ブンブンされるたびに、ルーファスの首がガックンガックン揺れる。あんまりやると首の骨折れちゃうよ。最悪もう折れてる可能性もあるが。
閉じられたルーファスのまぶたがピクッと動いた。
「ううっ……」
ゆっくりと開かれるルーファスの瞳をビビは覗き込む。
「ルーちゃんだいじょぶ!」
「……ここは……?」
「ルーちゃん?(よかった、死んでない)」
「わたしはだーれ、ここはどこ?」
「えっ?」
ガーン!
やっぱり記憶喪失。
でも、幼児っぽさは抜けているような気がする。一段階回復したのか、それともさらに悪化したのだろうか?
再び歌いはじめたモルガンの声がルーファスの耳にも届く。
すると力なく立ち上がったルーファスは、ぶつぶつ呟きながらゆらゆらと歩き出した。
「えへへ……なんだかわからないけど首つって死のう」
幼児退行が回復したせいなのか、歌の影響をダイレクトに受けてしまったのだ。
どこに行こうとするルーファスの腕をつかんで必死にビビは止めた。
「ルーちゃん行かないで、アタシの傍にいて!」
「なんだかわからないけど、私みたいな人間は死んだ方がいいんだ、そうだ、そうに決まってるよ、えへへ」
笑い方が完全に壊れていた。
ビビはルーファスを引き止めながら遠くモルガンを見つめた。
あの歌を止めなくては、そうしなければ大切なひとを失ってしまう。
国中が悲しさに包まれてしまう。
「そんなのイヤ!」
大声でビビは叫んだ。
でも、どうしたらいいのか、今の自分になにができるのかビビにはわからなかった。
「ママ……ママに勝たなきゃ(でもアタシにそれができるの? だってママなんだよ、アタシよりも強くて歌もうまいママなんだよ?)」
瞳を閉じたビビ。思い出されたのは沿道から聞こえてきた歌声。自分を勇気づけてくれたみんなの歌。
そのときにビビは再確認したのだ。
「アタシやっぱり歌が好き。だからアタシは歌わなきゃいけないんだ。そして、ママの歌に勝つ!」
決意が奇跡を呼んだのか、偶然にもどこからか心地の良い演奏が聞こえてきた。
アンダル広場のその先の聖リューイ大聖堂から、そのメロディは街中に響き渡っていた。
間違いない、聖リューイ大聖堂にある世界最大級のパイプオルガンだ。
魔導の力が宿ったそのパイプオルガンは、演奏者の魔力によってさまざまな効果を発揮する。その調べは街中に響き渡り、年に1度だけ建国記念日にその音色を聞くことができるのだ。けれど建国記念日は3日後である。そう、誰かが何らかの意図を持って演奏をしているのだ。
国中に響き渡るパイプオルガンの音色はバラードを奏でていた。
ビビはハッとした。
「この曲……聞き覚えがある!」
勝手に路上でちゃぶ台を置いて茶を飲んでいたカーシャもこの曲を知っていた。
「ふふっ、太古に詠まれたライラを題材にした歌だな。屍の王とそれを愛した女の物語。絶望にありながら、希望と愛を歌ったくだらん曲だ。曲名はたしか……」
ビビが言葉を紡いだ。
「朽ち果てようとも永久愛ここにあり」
作詞作曲を誰がしたか不明であり、正確な題名すら不明だったが、そのフレーズが何度か使われていることから、それが歌の題名として広まっていた。
「ママが独りで歌ってたの聞いたことがある」
この歌はこちらの世界であるガイアのみならず、魔界などでも知られた歌だったのだ。
なにも言わずカーシャがビビにマイクを投げつけた。
ビビはうなずき大きく深呼吸をした。
そして……。
優しい歌声が国中に響き渡った。
死者のように嘆いていた人々に生気を取り戻そうとしていた。
ビビの歌声が人々を救っている。
腐食していた建物が再生しはじめ、王都アステアは元の活気を取り戻そうとしていた。
しかし、モルガンも負けてはいなかった。
世界全体の放出していた歌と演奏をビビだけに向けたのだ。
歌に込められた魔力と魔力がぶつかり合う。
余裕の笑みを浮かべるモルガン。
苦痛に顔を歪ませるビビ。
再び腐食がはじまった。今度はビビの周りだけだ。石畳が風化し、金属が腐蝕し、物が崩れはじめる。
歌い続けるビビのすぐ間近は、かろじて腐食の侵蝕を抑えていた。
しかし、ビビが蝕まれるのも時間の問題だ。
腐食した街灯の根本が歪んだ。揺れる街灯の先にいるのはビビだ!
「危ない!」
ルーファスが叫んだと同時に街灯が倒れビビの頭上に落ちようとしていた。
気づいたモルガンも演奏を止め叫ぶ。
「シェリル!」
地面に叩きつけられた街灯が轟音を立てた。
ビビは無事なのか?
地面に倒れていたビビ。その視線の先に見たものは、街灯の下敷きになり、頭から血を流したルーファスの姿。
皆息を呑んだ。
そして、ビビはルーファスを街灯の下から引きずり出しながら、歌い続けたのだ。
なぜ歌うことをやめなかったのか?
それはおそらく本能のようなものだったのだろう。
ビビの歌声はルーファスの全身に届いた。
傷口から流れ出していた血が止まった。目に見える擦り傷なども消えていく。ルーファスの傷が癒えていくのだ。
ゆっくりと瞳を開けたルーファスの瞳に映るビビの姿。
「……ビビ?」
ビビが深くうなずくと同時に、ちょうど歌詞も終わっていた。
パイプオルガンの音色が遠ざかっていく。
モルガンはビビとルーファスを遠くから見つめていた。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)