魔導士ルーファス(1)
外伝_アイーダ海の白い悪魔2
二人乗り――正確には2人と1体を乗せたホウキはアイーダ海を南東に進んでいた。
「で、なんでランバードの皇女様がヴィーングの船になんて乗ってたわけ?」
前を見ながらカーシャが訪ねると、フェリシアはめんどくさそうに答えた。
「あの状況を見ればわかるだろ、さらわれたに決まってるだろ」
まるで男みたいな口の利き方だ。顔を見なければ少し声の高い少年みたいだ。
たしかに着ているドレスは一級品で、イヤリングやネックレスなどの装飾品も高価そうではある。
だが、やっぱり信じ切れない部分があるのも事実。
「マジでランバードの皇女なわけ?」
「本当なんだからしょうがないだろ」
フェリシアはそっぽを向いて遠くの海を眺めた。
地平線に続く青い海を見るフェリシアの目に入るピンクの物体。気になってフェリシアは訊いた。
「アレ、あのままでいいのか?」
「アレってなによ?」
「吊されてるお前の使い魔だよ」
「別に死にはしないからいいのよ、別に」
ホウキから伸びたヒモに縛り付けられたマーブルの姿。風に煽られてブンブン振られていた。そんじゃそこらの絶叫マシンより怖い。
けど平気、だってもう気を失ってるもん♪
カーシャは話を戻す。
「さらわれたって言ったけど、なんでさらわれちゃったわけ?」
「身代金目当てか政治目的だろ」
「そじゃなくて、アンタ皇女様なんでしょ。なんで簡単にさらわれたのよ?」
「……周りに護衛がいなかったから」
少し回りくどい言い方だった。
「護衛がいなかったってどうしてよ?」
「俺ひとりだったから」
「だからなんでひとりだったのよ?」
「それは……式典を抜け出したから」
「自業自得ね」
言葉遣いや式典を抜け出す行動。だいぶやんちゃな皇女様らしい。
徐々に近づいてくる陸地を見ながらカーシャが言う。
「ランバード領はまでは送ってあげるわ。ちゃんと城についたらお礼しなさいよ」
「どんな礼が欲しいんだ?」
「金とか宝石はいらないわね。ただアンタの親父に言っといて、?アイーダ海の白い悪魔?はそんな噂ほどのワルじゃないって」
「そうだな、お前が本当に?アイーダ海の白い悪魔?なら、そんな悪い奴じゃないかもしれない」
最初は見て見ぬフリをしたが、結局は縄を解いて送り届けてくれようとしている。
カーシャはどっとため息を漏らした。
「噂なんてものはあることないこと言われるもんなのよ。たしかに、たしかにね、ちょっと町で暴れたこともあるし、間違って商船やランバード海軍の船を沈めちゃったことは認める。でも、あれって事故だし、アタイ基本的にヴィーングの船しか狙わないし。なのに最近じゃいろんな奴らに目の敵にされて、ランバード海軍も追ってくるし、サイテーよね」
人智を超える力を持つカーシャ。ちょっぴり頭に血が昇りやすく、ちょっぴり暴れただけで甚大な被害が出る。あくまで不可抗力ですよ――というカーシャの言い訳。
なんとなーくホウキを運転していたら、なんとなーく港町アディアまで来てしまった。ちょっと前にこの町で騒ぎを起こしたばかりだ。
来てしまったものは仕方ないし、さっさと皇女様をどうにかしたい気持ちもあったので、カーシャはしかたな〜くアディアの港に降り立った。
「じゃ、ここでお別れね、はいサヨナラ」
希薄に手を振るカーシャ。
フェリシアは不満そうだった。
「ここで分かれてまた俺がさらわれたらどうするんだ?」
「……めんどくさいガキ」
めんどくさいと愚痴を吐きながらも、結局カーシャはフェリシアをテキトーなところまで連れて行くことにした。
ちなみにマーブルは未だに気絶中で、ヒモでズルズル引きずられている。
しばらくして軽鎧を着たランバード兵の姿を発見した。
向こうもコッチに気づいたようだ。
「姫様がいたぞ!」
「?アイーダ海の白い悪魔?と一緒だ!」
「姫様を救え!」
次々と声が上がり、カーシャは『しまった!』という表情をした。
「……銀髪のままだった」
フェリシアのことですっかり?覚醒モード?を解くのを忘れていたのだ。
兵士たちが剣や槍を構え駆け寄ってきた。
誤解を解くためにここはフェリシアに間に入ってもらうしか……。
「やっぱり帰りたくない」
なんて抜かしやがったフェリシア。
しかもフェリシア逆走!
すぐに追いかけるカーシャ。
この構図を端から見ると、逃げる姫君を悪魔カーシャが追う構図。
実際は家に帰りたくない不良少女が兵士から脱げようとしているのだが、なんかもう誤解されていた。
「姫様が白い悪魔に、早く助けろ!」
こうなったら奥の手を使うしかない。
カーシャはホウキにまたがって逃走!!
逃げるが勝ち。
困ったときはとにかく逃げろ!
空に浮いたホウキの柄をフェリシアが掴んだ。
「俺も連れて行け!」
「あふぉか、そんなことされたまた誤解されるじゃないのよ!」
宙ぶらりんのフェリシアを蹴落とそうとするカーシャ。その姿を見ている兵士たち。ここでフェリシアを蹴落としたら、絶対に悪役にされる。カーシャは自制した。
「いいわ、さっさと乗りなさい!」
カーシャが伸ばした手をフェリシアが掴み、そのまま持ち上げられるようにホウキに乗せられた。
地上では兵士たちが喚いている。
「皇女がさらわれた!」
という勘違いをされていた。
カーシャは重たい頭を支えるように、おでこにペタンと手のひらを置いた。
「やってらんないわ」
すっかり皇女誘拐の実行犯にされてしまったカーシャの運命はいかに!
そんな感じの展開で、カーシャは再び海に出た。
船があっても陸地に比べて追ってが来づらい。
「どーすんのよ?」
低い声でカーシャが尋ねた。
「だって帰りたくなかったんだ、仕方ないだろ」
すねたガキの表情を見せるフェリシア。
カーシャは唇を噛んだ。
「やっぱアンタなんか助けるんじゃなかった(でも、なかなかおもしろい展開よね、うふっ)」
言葉とは裏腹にカーシャは含み笑いをしていた。後悔しつつも、この展開に心を躍らせていたりもするのだ。
カーシャは気持ちを切り替えることにした。
「ならいいわ、帰んなきゃいいんじゃない?」
「本当に帰らなくてもいいのか?」
フェリシアは目を輝かせた。
「別にアンタの自由でしょ。ただ、これからどーすんのよ」
「まずはこの服を着替えたい。こんなヒラヒラしたスカートなんか穿いてられるか(股がスースーして気持ち悪い)」
「ランバード王家はアンタにどんな教育してんだか」
「父上の背中ばっかり見て育ったからな。物心つく前から父上のようになりたいと思ってた」
もとより身体の弱かったフェリシアの母は、難産でフェリシアを生み、そのまま命を落としたという。
母を知らぬフェリシアの肉親は父だけだった。教育係はいたが、それでも父の影響を強く受けたフェリシアは、まるで男児のように育った。
「にゃーっ!(ここどこだにゃ!?)」
突然、マーブルが悲鳴をあげた。
マーブルはまだホウキから伸びたヒモに縛られたままだった。
「早くおいらを助けてくれにゃ!」
悲痛な訴えにカーシャはシカト。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)