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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(1)

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 無理やり小屋に入ろうにもドアに鍵が掛かっている。
「俺がおまえを守る」
 芯の通った信頼のおける声だった。それが子供にも伝わったのか、内鍵の開く音がした。
 小さな隙間から上目遣いでこちらを見つめる幼子の顔は憔悴しきっていた。幼い子供がここでどんな恐怖を味わっていたのかを考えると胸が痛む。
 怯えながらも外に出ようとするケルビンをバンガードの大きな手が止めた。
「俺が良いと言うまで、鍵を閉めて中に入っていろ」
 ケルビンの大きな瞳は、自分の背の高さほどの四つ足の獣を映し出していた。
 凄まじい殺気の凝結。
 四つ足の獣が群を成し、こちらを金色に光る眼で睨んでいる。
 キラーウルフの群だ。
 群を成して行動するキラーウルフは知能が高く、頭脳プレイを用いて獲物を狩る。
 息を合わせてキラーウルフが3匹の同時に襲い掛かってきた。
 バンガードが背負っていた大斧を振り回す。
 当たれば大ダメージを与える大斧だが、敏速なキラーウルフはそれを易々と躱し、装甲に覆われてないバンガードの頭部に飛び掛ってくる。
 バンガードは瞬時に地面を転がりながら敵の攻撃を避けた。その身のこなしは重い鎧を着ているとは思えないが、全身装甲の重い鎧は重さが均等に分割されているために、熟練した者ならば素早い身のこなしで動くことできるのだ。
 敵の数は一匹ではない。避けた場所にキラーウルフが襲い掛かる。
 大斧が襲い掛かってきたキラーウルフの腹を殴るように切断した。
 断末魔をあげるキラーウルフはすぐに事切れ、仲間のキラーウルフが大斧を持つ手首に噛み付いてきた。
 キラーウルフを振り落とそうと腕を振っている最中に、残った一匹のキラーウルフが鋭い犬歯を覗かせバンガードの画面に襲い掛かってきた。
 バンガードはすぐさま大斧を捨て、キラーウルフに噛まれていない腕を出して、顔面に襲い掛かってきたキラーウルフに噛ませた。
 両腕をキラーウルフに噛みつかれ、武器をも失ったバンガードに、近くに潜んでいた4匹目のキラーウルフが飛び掛ってきたのだ。
 絶体絶命のピンチにバンガードは力押しで切り抜けようとした。
 両腕に噛み付くキラーウルフを2匹同時に振り回し、飛び掛ってきたキラーウルフを挟むようにぶつけたのだ。
 仲間同士でぶつけられたキラーウルフたちは脳震盪を起こし、気絶をして地面の上で動かなくなった。
 戦いを終えたバンガードは見張り塔の扉に近づいた。
 閉めろと命じた扉は少し開いており、そこからケルビンはこちら側を覗いていた。
「もう心配ない。母親の元に行くぞ」
 ケルビンは頷き扉を開けて外に出てこようとした。だが、その足が急に止まった。
 背後に殺気を感じたバンガードが大斧を振るう。
 ビュンと風を切った大斧は風と共に、四つ足の獣に傷を負わせた。
 そこには筋骨隆々の黒犬いた。
 野生――いや、この辺りで飼われていた猟犬に違いない。この国で起きた争いの際、飼い主に見捨てられ野生化してしまったのだ。争いの被害者は人間だけでなく、動物達の中にも生まれるのだ。
 弱った動かなくなった黒犬に止めを刺そうとバンガードが大斧を振り上げる。
 大斧を振り下ろそうとしたとき、その前に幼いケルビンが立ちはだかったのだ。
「殺さないで!」
 舌足らずの幼子の訴えにバンガードは躊躇し、大斧の先端を地面に降ろしてしまった。
 地面から立ち上がった黒犬が背を向けて逃げていく。
 笑みを浮かべたケルビンにバンガードは抱きつかれ、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。ぶっきらぼうな態度も、子供の瞳にはお見通しなのだ。
 大柄なバンガードは小柄なケルビンを肩に乗せて帰路を急いだ。
 母と兄弟たちの再会は近い。
 残るは長女のアリッサだけだ。

 事前に細かいい場所を尋ねようにも、心労でクライストン夫人は倒れてしまった。一刻も早く母と兄弟を引き合わせなくてはならない。
 礼拝堂は居館のほぼ中心部にあった。
 すぐに礼拝堂を見つけることはできたが、長女アリッサの姿は見当たらない。
 アンデッドに見つかってしまっては元も子もない。すぐに見つからない場所にいることは承知の上だ。
 なかなか見つからない長女の姿に、エルザは次第に不安を覚えていた。
「クラウス様、ここにアリッサが本当にいるのでしょうか(もしかしたらすでにアンデッドに殺されてしまったのでは?)」
「クライストン夫人は礼拝堂だと確かに言い残した。礼拝堂と他の場所を間違えることはないだろう」
 しかし、いくら経ってもアリッサを見つけることはできなかった。
 積もる不安は拭えない。
 ステンドグラスから差し込む七色の陽が、神像を荘厳に輝かせていたのも昔の事、外で振り続ける雨のため七色に光は失われ、今は廃墟と化して壁には大きな穴も穿たれていた。
 エルザは聖アルティエルの偶像を見上げ祈りを捧げた。
「(どうかアリッサが無事でいて、一刻も早く見つかるように)」
 幸運なことにアンデッドの魔の手はまだ伸びていない。
 廃墟とはいえ、聖なる礼拝堂はアンデッドと寄せ付けない力があるのかもしれない。
 教壇やパイプオルガンの陰、戸棚や椅子の陰にもアリッサの姿はなく、泣き声も聴こえてこない。もしかしたら、ここにいないのではないかという不安が積もっていくばかりだ。
 クラウスの瞳にも曇りが浮かびはじめた。
「探してない場所は本当にないのか……?」
「他の場所に探索に参りますか?」
「いや、もう少しここで探索を続けよう」
 今日はクラウスの17歳の誕生日だった。本来ならば国で催されているはずの式典に出席しているはずだったのだが、替え玉を用意して式典に出席せずにこの地に赴いた。
 まだクラウス魔導学院に席を置くクラウスは学業と国務を両立させ、国務をおろそかにしていると文句を言われぬよう、全身全霊で一線に立って活躍を見せている。
 そんなクラウスが弱音を吐いたり、疲れた姿をエルザは見たことがない。
「今日はクラウス様のお誕生日だと言うのに、とんだことに巻き込まれてしまいましたね(今日くらいは心落ち着く時間を過ごして欲しかった)」
「とんだことなどではない。クライトン夫人を助けられたのは幸運だった」
 確かに自分たちによってクライトン夫人の命は救われた。しかし、エルザは日ごろからクラウスの考え方に危機感を覚えていた。
「クラウス様は自分の身を危険にされしても人を救おうといたします。わたくしはそれが心配でなりません」
「わかっているさ。僕が死ねば国にどのような影響を及ぼすかくらいは。けれど僕は自分の命と他の命を同等と考えている」
「(そんなことは奇麗事だ)」
 それをエルザは口に出すことはなかった。
 動きを止めてしまっているエルザにクラウスが促す。
「アリッサの捜索を続けよう」
 深く頷いたエルザはパイプオルガンの影を探した。
 この礼拝動が使われていたころは美しい賛美歌を奏でていたに違いない。しかし、今は鍵盤が抜け落ち音もなりそうもない。
 鍵盤に触れてみたのは、ほんの気まぐれだったかもしれない。
 壊れていると思っていたパイプオルガンが短く音色を響かせたのだ。
 そして、奇跡は起きた。