ヒトケタの夏
ある夏の暑い日のこと。二人は、せっちゃんの家の庭のブロック塀の影にしゃがみこんで、ダンゴムシを集めていた。せっちゃんは虫を怖がらない子だったので、石や植木鉢の下にいるダンゴムシを、バケツにたくさん捕まえた。立ち上がると直射日光が熱かったので、庭の隅の狭い場所でできる遊びとしては、ちょうど良かったのかもしれない。
そんな中、博之はせっちゃんの着ている服が気になった。華奢なせっちゃんは、赤いノースリーブのシャツを着ていた。その服の浮き上がりで、乳首が見えそうで見えなさそうで。そのもやもやとした感情を、こんなに小さい子供でも、何なのかは、なんとなく解っている。
せっちゃんはその博之に気付いて、
「どうしたの?」
と言った。
博之は慌てて、知らないふりをした。
「ねえ、何見てたの?」
それでも博之は、知らないふりをした。
「ここ見てたでしょ。エッチ!」
せっちゃんは両手で胸を押さえて、笑いながら言った。博之はずかしくなって、どんなふうに誤魔化そうとしたか。それは、強気に出ることだった。春までの博之だと、照れて何も言えなかっただろう。でも今は、せっちゃんのおかげで、一丁前の自信が付いて、強がることができるようになっていた。
「チュウしよ!」
当然、せっちゃんはびっくりして動きを止めた。それを博之が中腰で抱き寄せて、顔を近付けていった。でもその時、せっちゃんは逃げなかった。というより、博之に捕まっていたから、あまりのことに身動きできずにいたのか。
博之はそのまま、感情の赴くまま、唇をせっちゃんの口に押し当てた。ほんの少しの時間だった。博之はその達成感で微笑んで、せっちゃんを見た。でもせっちゃんは、さっきみたいに笑っていない。
「せっちゃん?」
何も言わないせっちゃん。表情も変えない。
「せっちゃん。ねえ、せっちゃん」
博之もそれ以上何も言えない。どう取り繕うか、そんな知恵など二人にはなかった。
やがてせっちゃんは、何も言わずに立ち上がった。そして、玄関に入ってドアを閉めた。博之は暫くそのまま待ったけど、せっちゃんはもう出てこなかった。
その後、せっちゃんと博之とトンツ君は、中学まで同じ学校だったけど、あの日以来、博之とせっちゃんは、大人になってまでも、一言も会話できなかった。
終わり