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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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響け、あの遠いところへ

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 地響きのような大歓声が起こるスタンドで、応援団がかけ声の指揮を取っていた。「イーッケイケイケ!! ファイッオー!!」「オッーセオセオセ!! レッツゴー!!」と笛の音に合わせて声援が巻き起こっている。

 激しい熱気に気圧されながらも、何とか人の間をかいくぐってブラスバンドの応援席にたどり着いた。先生に謝ってスコアボードを見たそのとき、3番打者がサードベースぎりぎりのところにヒットを打ちこんだ。大音量でメガホンが鳴り響く中、茅野くんと二人でクラリネットの最後列に立つ。

「ちょっともー、何やってんのよ! 始まっちゃってるよ!」

 通路に立った紅葉に声をかけられた。走塁の様子をうかがいながら「ちょっと忘れ物しちゃって……」と答える。

「なんだか知らないけど、もうすぐ桐谷くん出てくるよ!」

 応援団の合図がかかって、先生が指揮棒を上げた。紅葉は定位置でポーズをとってポンポンをかかげ、千秋と茅野くんはクラリネットを構える。

「イチコーウ! カツゾー!」「オーー!!」
「ブッチリギリデー!! カツゾー!」「オオーー!!」

『4番 ピッチャー 桐谷くん』

 場内アナウンスがかかると同時に、応援団の笛の音がけたたましく鳴り響いた。指揮棒がフッと振り上がったタイミングに合わせて息を吸い込み、応援歌を吹き始めた。

   ティーラッタッタッタッタッタッタッタ ティータ!
   「キ・リ・タ・ニ!」
   ティーラッタッタッタッタッタッタッタ ティータ!
   「キ・リ・タ・ニ!」

 クラリネットをはじめ、フルート、サックス、華々しいトランペットにトロンボーン、ホルン、ユーフォニュウム、チューバ。そして様々なパーカッションにメガホンと声援が混ざりあって球場内にこだまする。

 音に合わせてチアリーディングが踊り、応援団が大きな太鼓を叩く。

 バッターボックスには桐谷先輩が立っている。左打者なので見えるのはうしろ姿だけだ。ヘルメットを被った背番号4番の凛々しい立ち姿に、必死になってクラリネットを吹く。豆粒のように小さいけれど、しっかりとバットを握っているのがわかる。

 クラリネットよ、響け、あの遠いところへ――

 茅野くんが息を吹き込んでくれたクラリネットは、まるで冬眠から目覚めた生き物のように鼓動し、美しい音色を高らかに響かせた。彼のリガチャーで固定したリードは驚くほどよく振動し、黒い木菅の部分で増幅された音はベルからとびだして輝きはじける。

 ちらと彼を見ると、目が合った。笑うと吹けないのでぐっとこらえてクラリネットのベルを持ち上げた。彼も同じようにしてきらびやかな音色を響かせた。