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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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響け、あの遠いところへ

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 スタンドの真下に応援団用の控え室があり、部員60名が芋洗い状態で楽器のスタンバイをする。真横に立った茅野くんはマウスピースから息を吹き込んでいる。

 葦(あし)でできたリードをくわえる彼の口元で、ハリソンのリガチャーが金色に輝いている。いいなあ、あんな高価なリガチャー、そりゃあいい音するよね、私もおこづかい前借りしようかなあと、上の空でリードケースをいじっていると「ぼさっとすんな」とまたにらまれてしまった。

 待ち焦がれた秋期大会の準々決勝でどうして怒られてばかりなんだろうと、しおれながらリードを取り出した。黒いマウスピースも手にして、何かが足りないことに気づく。

「あれ……?」

 紅色のケースの中を探った。控えのリード、予備のマウスパッチ、スワブにコルクグリス、ボロボロになった保証書。ない、やっぱりない、あれが――

「どうした」

 泣きそうになっている千秋の顔を彼がのぞいた。首のうしろからつま先にむかって血の気が引いていく――

「リガチャーが……ない」
「はあ?!」

 茅野くんはものすごい剣幕で叫んだ。瞳に涙をためながら、こればっかりは怒られたって仕方ないと思った。
 リガチャーは円筒形の薄い金属や皮でできている。1ヶ所、もしくは2ヶ所のネジをしめてリードをマウスピースに固定する器具だ。それがないなんて――

「どこに置いてきたんだ」

 彼はわずかばかり冷静な面持ちになって「カバンを探せ」と言った。様子をうかがっていた同じパートのメンバーが「どうしたの?」と聞くと「こいつのリガチャーがない。先輩も探してください、お願いします」と彼は頭を下げた。

 その姿に胸がいっぱいになって、千秋も「ごめんなさい、お願いします」と髪で顔がかくれるくらい頭を下げた。

「いいからおまえは荷物の中を探せ、あとバスも」

 そう言うなり顧問の先生に事情を説明して、部員全員の荷物とバス内を捜索することになった。試合開始まであと十五分なのに、自分のせいでみんなに迷惑をかけている。

 視界が涙でにじむ。情けなく震える手の甲に、ぽたりとしずくが落ちる。

「泣いてるヒマあったら探せ!」

 真剣な顔をした茅野くんの声で、涙がひっこんだ。目尻をぬぐってうなずき、必死になって探す。けれどカバンの中にも、トートバッグの中にもない。自分達の手荷物や楽器ケースを探してくれた部員たちが、みんな首をふる。

 「バスにもなかった」と顧問の先生が戻ってきた。腕時計を見て「まずいな」とつぶやいたので、千秋はくちびるをかんで意を決した。

「先生、みんなも先輩も迷惑かけて本当にごめんなさい。私、もう少し探してみます」

 その言葉に先生は「わかった」と言って「おい時間だ、行くぞ!」と号令をかけた。皆チューニングをすませた楽器をそれぞれ持って、控え室を出る。

 最後のひとりが出るまで千秋は頭を下げていた。赤いキャップがぽとりと床に落ちる。情けなくてまた泣きそうになるけど、ぐっとこらえる。

 静かになった控え室で、最後にクラリネットをさわった時のことを思い出そうとした。昨日は自宅に持ち帰った。せっかくだしマウスピースを洗おうと思ってリガチャーごと取り出した。洗ったあと、朝まで乾かしてケースに納めるつもりだった。
 朝、しまおうとしたときに、お母さんに「早くご飯食べなさい」と声をかけられた。

 朝ご飯を食べるためにリガチャーをその場に置いて、リビングに――

「洗面台だ……」

 千秋はカバンをひっつかんで控え室をとび出した。ここまで貸切りバスで40分かかった。最寄りの駅までタクシーでどれくらいかかるんだろう、それから電車に乗ったとして、自宅まで最低でも1時間半はかかる。試合が終わるまでに戻ってこれるのだろうか。

 栗色のくせ毛をふり乱して、エントランスを出た。これから入場する人たちが視線を送ってくる。みんなの夢の舞台で大ポカして、私は本当にバカだ――

「どこ行くんだよ!」

 腕をつかんだのは茅野くんだった。いつも丁寧にまとめている髪が乱れ、手にはクラリネットを持っている。

「私……どんくさいから、家にリガチャーを忘れてきちゃったみたい。取りに戻るね」
「試合が終わっちまうだろ!」
「そうなんだけど……」

 どうしてもここでみんなと応援したいから、と言葉にならなくて、涙ばっかりあふれれくる。泣いたらまた怒られると思い、ぐっと涙を飲み込んだ。

「来いっ!」

 そう言うなり千秋の腕をつかんで来た道を戻った。「えっえっ」と訳もわからず、クラリネットを持ったままの茅野くんに腕を引かれた。自分の足じゃ絶対に出せないスピードで通路をかけ抜けていく。