フリーソウルズ2
Scene.32
さびれた商店街
駅の反対側に通じる踏切を渡る裕司とジロー。
小さな田畑と民家が交互に並ぶ細い道を線路伝いに歩く裕司たち。
その道はさびれた商店街につながっている。
シャッター商店街のなか、細々と営業している店も点在している。
店先でうつらうつらしていた八百屋の老母。
遠くから歩いてくる裕司を見つける老母。
裕司を見るや否や背筋をシャンと伸ばして立ち上がり店の奥に消える老母。
裕司が八百屋にさしかかる。
店の奥から戻り膨らんだレジ袋を裕司に差しだす老母。
老母 「これ、よければ召し上がってくんさい」
面喰う裕司。
老母の勢いで袋を受け取ってしまう裕司。
裕司 「なんですか、これ?」
老母 「ナシやブドウや、リンゴです。クリも少し。全部このへんで採れものですから」
袋の中に新鮮で瑞々しい果物が入っている。
裕司 「あの、僕、お金持ってないんですけど.・・・」
老母 「お金なんて・・・(手を顔の横で振る)。どうぞ、どうぞ」
裕司 「いいんですか?」
老母 「召し上がっていただけたら、あたしも長生きできますけ」
裕司の心の声「煤けた犬と見すぼらしい高校生を見て、この老母はきっと気の毒に思ったのだろう。空腹だと顔に書いてあるのかもしれない。素直に施しを受けよう」
裕司 「じゃあ遠慮なく。おばあさんもお達者で。長生きしてくださいね」
裕司に向かって拝むように手を合わせる老母。
次に開店している店は乾物屋。
厚手の前掛けをした年配の男性が店先に立っている。
店主は中身の詰まった紙袋を両の手の上に大事そうに持っている。
店主 「今朝届いたばっかりの上等の煮干しです。そのまま食べても美味しいですし、そちらのワンちゃんにも」
裕司 「なんで僕なんかに?」
手を横に振り続け答える素振りのない店主。
レジ袋と紙袋を提げてさらに商店街を歩く裕司とジロー。
洋品店の前で人待ち顔で立つ中年女性。
微笑みながら、裕司に声をかける中年女性。
中年女性 「あの、よかったら着てください」
ショッピングバッグを裕司に差しだす中年女性。
中年女性 「コーチジャケットです。軽くて雨風もしのげます。ぜひ」
ショーウィンドウには高級品のドレスやスカートが展示されている。
裕司 「そんな高いもの、いただけません」
中年女性 「違うんです。これは売り物じゃありませんの。息子のおフル・・・」
ショッピングバッグからコーチジャケットを取りだす女性。
着古したコーチジャケットに一流メーカーにロゴが入っている。
さらにバッグの中から折り畳まれたシンプルなリュックサックを取りだす中年女性。
中年女性 「よければ、これに入れて。ほら手がいっぱいでしょ」
ジャケットを腕にかけリュックサックのファスナーを開く中年女性。
裕司からレジ袋と紙袋を取りあげリュックに詰める中年女性。
裕司 「よそ者ですよ。なんで僕なんかに・・・」
無言で食料でいっぱいになったリュックを裕司に渡す中年女性。
しゃがんでジローの頭を撫でる中年女性。
中年女性 「かわいいワンちゃん・・・」
リュックを背負いさびれた商店街をジローとともの通り抜ける裕司。
一面刈り入れ間近の稲田が広がる田園地帯に出る。
駅周辺をひと廻りした格好でJRの駅に引き返す裕司たち。
駅舎の窓口で手持ち無沙汰そうに肘をついている駅員。
横浜まで帰るのにどれくらいかかるかを駅員に尋ねる裕司。
駅員 「ケージやボックスに入ってない動物は聴導犬や盲導犬以外乗車できないよ」
駅員に言われ凹む裕司。
バス停のベンチでリンゴを齧る裕司。
その傍で上等な煮干しをむさぼるジロー。
裕司 「親切な人ばかりだったなぁ、あの商店街。なあ、ジロー」
ジロー 「ワン(と吠える)」
裕司 「そういえば、軽トラックに乗せてくれたおばさんも親切だったし」
リンゴとブドウをたいらげる裕司。
裕司 「でも人の親切心に甘えてばかりいちゃいけない。歩いて帰るぞ、東京まで」
ジロー 「(ふたたび)ワン」
リュックを背負ってベンチから立ちあがる裕司。
裕司 「いてぇ!(右足を浮かせ苦痛の表情に)」
裕司 「ちくしょう! こんなときにまた痛みが・・・」
心配そうに裕司の足にまとわりつくジロー。
苦痛に耐え笑顔を作る裕司。
裕司 「大丈夫。一農男子陸上部はこんなことではへこたれません!」
線路沿いを駅から離れるように歩き始める裕司とジロー。
裕司の遥か前方に幾重にも連なる山脈。