くたばれサンタクロース!
あたしって、右の耳がぜんぜん聞こえないひとなの。
子どものころにケガをしちゃったから。
小学生のときなんだけど、家でテレビ観ながら耳そうじしてたら、飼い猫のミッキーからいきなりネコパンチ食らわされちゃって。ほら、耳かき棒のはしっこについてるフワフワしたやつあんじゃん。ミッキーったら、あれを猫じゃらしと勘違いしたらしいのね。あたしは魔法少女のアニメに夢中になってたし、猫って足音たてないから、突然バーンって不意打ちされて、痛くてびっくりしてもう死ぬかと思った。それでギャン泣きしてたらキッチンからママが飛んできて、あたしよりでっかい悲鳴あげて「ハルカッ、抜いちゃダメよ、抜いちゃダメよ」ってオロオロしながら救急車呼んでくれたの。
鼓膜は全損で、その奥にあるちっこい骨もダメになってたみたい。お医者さんに「もう右の耳は治らないから、このさきは左耳を大切にしなさい」って言われてすごいショック受けたの覚えてる。
そんなわけで、あたし右利きなんだけど電話機つかむのはいつも左手だし、だれかとならんで歩くときにも、そのひとの話がよく聞こえるようかならず右がわ歩くことにしてるのね。
でもそのときは、うっかりカレシの左がわ歩いちゃってたんだわ。だってクリスマスがもう間近に迫ってたし、今年はなにプレゼントしてあげようとか、あたしにはなに贈ってくれるのかなって、いろいろ想像してたら自然とショーウインドウのほうへからだが引き寄せられちゃって。でつい、カレシの言ってること聞き流しちゃったの。
イヴは、バイトなんだとさ。店長から拝みたおされて、断り切れなかったんだって。
そんな重要なこと聞き漏らしといて、あたしときたらプレゼント手渡したときのカレシの表情なんか思い浮かべてニヤニヤ笑い。バカじゃん。
今年のイヴって振替え休日でしょう。だから早くに準備しておかなきゃヤバイよねって二人で相談して、食事するお店とかも二ヶ月まえから予約しておいたんだ。お台場にあるダイニング・バーで、シーフード使ったパスタが美味しくて、窓からレインボーブリッジの夜景も一望できるの。店取れたよってカレシからメール来たときはマジうれしかったなあ。もう子どもみたいにはしゃいじゃって、どんな服着てこうかなって毎日毎日飽きもせずファッション雑誌ばかりながめてたもんね。
でも本当は知ってるんだ。
男子にとってクリスマスが、恋人に奉仕するだけの面倒くさいイベントだってこと。
カレシがどんな顔でイヴにバイト入れちゃった話をあたしに切り出したのか、そのときうわの空だった自分にはわからない。でも、だいたい想像はつくもんね。きっとカレシが愛してやまない横浜Fマリノスが、後半ロスタイム残りわずかというところで逆転ゴール決められたときのように、大げさに身振り手振りをまじえて、ヒソーな顔で訴えたんだと思う。さも口惜しそうに。でもどこか他人ごとみたいに。
その大汗かいて振るった熱弁はあたしのポンコツの右耳を素通りして、冬枯れの街路樹がつらなる十二月の空へスーッと消えてしまったの。カレシにしてみればラッキーって感じ? あたしが渋々ながらも承諾したんだと思って、ホッと胸をなでおろしたんじゃないかな。
んで、バカなあたしがようやくその行き違いに気づいたのが、なんとイヴの三日まえ。
お店のほうはすでにキャンセルされてて、カレシからも今さらなに言ってんのみたいな顔されて、寝耳に水のあたしはもうヒステリーおこしたカナリアみたいにピーピー騒いだ。
ホント人生どこに落とし穴があるかわかんないよね。
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作品名:くたばれサンタクロース! 作家名:Joe le 卓司