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⑦冷酷な夕焼けに溶かされて

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ルーナ


「…覇王の命で『ルーナ』の名をその女に与えたが、もうその必要はない。」

傷だらけの彼は少しふらつきながら、こちらへゆっくりと歩いてくる。

「ルーチェがなくなるからか?」

それを警戒するように、私を抱きしめる腕の力が更に強くなった。

「だが、母上の気持ちは…今尚おまえにある。
…おまえさえ従順になれば、切り捨てられるのは俺の方だ。」

自嘲するような口調に、私はその横顔を見上げる。

「私は、帝位は継がないと何度も言っている。」

傷だらけの彼は、淡々とした口調ながらはっきりと告げた。

「元々、覇王が東側を統一しようとしたのも、父上が私をその戦場へ送り出したのも、全ておまえを守る為だ。
万が一おまえに戦死されたら困るから、私を身代わりにした。
だから…それをほぼ成し遂げた今、もう私は必要ない。」

「いや、まだ母上はおまえを必要としている!!
広い帝国を治めることができるのは、おまえだと思っているから、おまえに服従を迫っているんじゃないか!!
しかし、おまえが言うことを聞かないから…どれだけ拷問しても屈しないから……………。」

そこまで言うと、私を抱きしめる大きな手が、すがるように私の肩をぎゅっと握りしめた。

「…だから…母上は仕方なく…俺に王位継承させることを決めた…。」

その手が強張って微かにふるえる様子に、彼の悔しさがどれほどのものか伝わってくる。

「俺が先に産まれてなければ…もし俺がおまえの立場なら…俺はこんな苦しい思いを知る前に殺されていた。」

わずかに声を掠れさせながら呟いた彼は、目の前に迫った傷だらけの彼に、短刀を突きつけた。

「双子が禁忌の帝国で、たまたま俺が先に産まれ、お祖父様が俺を抱いて部屋を出ていなければ、後から産まれたおまえはその場で殺されていた。」

彼らの出生の秘密を初めて知り、私は息をのむ。

「だが、双子を母上に宿させた父上も処刑されるから、おまえの存在が露見しないよう密かに父上がルーチェへ連れ出した。
そのせいで、俺達の関係がややこしくなった。」

目が見えてない傷だらけの彼は、短刀を突きつけられていることに気づいていないのか、構わず私を探すように手を伸ばした。

「最初はおまえが俺の身代わりだった。
だけど、おまえがあまりに優秀だったから…『ルーチェのミシェル』の名を世界中に轟かせるものだから、気づけば俺の方が影になっていた!
俺はずっと帝国にいるのに…誰も『帝国のミシェル』なんて知らない…。」

たしかに、その通りだ。

しかも、ミシェル様が覇王の子どもだと言うことも、私は知らなかった。

そもそも、覇王に子どもがいるなんて…知らなかった。

『帝国のミシェル様』は、覇王の後継として厳しい帝王教育を受けてきただろうに、いつの間にか立場が逆転し、『ルーチェのミシェル』の影に隠れなければならなかったのだ。

「ようやくおまえを諦めた母上に呼ばれ、おまえと入れ替わる為にルーチェへ来たけれど…ここで初めて、おまえに王位継承権が既に渡っていたことを知った俺の気持ち…おまえにはわからないだろう!?」

叫んだ声は、深く傷つけられた獣が咆哮するような悲哀を帯びていた。

その声に、ルーチェのミシェル様の足が止まる。

帝国のミシェル様は、そんなルーチェのミシェル様から間合いをとるように、一歩後退した。

短刀を持つ右手が、ふるえている。

ルーチェで育ったミシェル様も、帝国で育ったミシェル様も…どちらも不幸だ。

帝国のミシェル様は、王位継承権は自分にあると信じていたのに、それが既にルーチェのミシェル様に与えられていたと知った時、どれだけ悔しかっただろう。

裏切られた…そう思っても仕方がない。

「おまえは、何もかも俺から奪っていくんだ…。
地位も名誉も…母上の愛情も…存在価値も…。」

そう言うと同時に、帝国の彼は私を乱暴に抱きしめる。

「だから、おまえのもの全て、奪ってやる!」

「っ!!」

あっと思った時には、口と鼻を大きな手で塞がれていた。

すっかり油断していた私は、抵抗する間もなく、何か薬剤を嗅がされる。

頭の芯がぐらりと揺れ、意識が深く墜ちていくのを感じた。

「ニコラ!!」

遠くで、掠れた声が聞こえる。

「ミシェ…」

深い闇の中へ、名前を呼ぼうとした声ごと吸い込まれていった。