複雑な心境
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「─ 意識が お戻りですか」
瞼を開いた僕の耳に、どこかにあるスピーカーからの声が届く。
それは 聞き覚えがある、ヒューマン・バックアップ社の担当者の声だった。
「何で僕は…こんな所に……」
「契約書の緊急事態条項に基づき、コピー体を回収した結果です」
「状況が、良く解らないんですけど──」
「…4時間程前に、クコピロン様の死亡が誤りである事が確認されました」
「え?!」
装置の中に入れられている事が、不安を掻き立てる。
「…僕を どうするつもりですか?」
「誤って覚醒したコピー体は、規定に基づき 速やかに処分されなければいけません」
僕の頭が、真っ白になる。
「新しいコピー体は、我社の負担で作成いたしますので、ご安心下さい」
「な、何故僕が 消されないといけないんですか!」
「こう言うトラブルが発生した際には、オリジナル体を残し コピー体を処分すると、契約書に明示しております」
「僕は、消されたくない!」
「コピー体が消えても、オリジナル体が健在ですので、<クコピロン>と言う人間は 引き続きこの世界に存在し続けます」
「今ここに…こうしてある 僕の人格は、消えてしまうじゃないですか!!」
スピーカーから流れる声は、淡々としていた。
「あなた固有の<感情や思い>などに、たいした意味はありません。<クコピロン>と言う個体が持つ 記憶や思考形態と言う脳情報を、この世界に保持しする事こそが重要なのです」
「それは、ただの理屈だ!」
「人間のバックアップとは、そう言う思想に基づくサービスです。そもそも、<コピー体のあなた>が今ここに存在するのは、<オリジナル体のあなた>が、それを承知の上で 我社と契約を結ばれたからなのですよ?」
二の句が告げずにいる僕に、担当者は事務的に言った。
「─ 準備が整いましたので、処理を開始させて頂きます」
「ひ、人殺し!!」
「オリジナル体が健在な場合、コピー体は法的には人間として扱われませんから、決して殺人ではありません──」