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スーパーソウルズ

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真凛の視角の隅に反応するものがあった。
窓の外、雑居ビルの入り口付近に女性の影が動いた。
「キョーイチ、出てきた」
デニムジャケットを着た女性と、サテンのカーディガンを羽織った女性。
真凛はふたりの女性を凝視して恭一に確認を求めた。
「背の高いほう、白っぽいカーディガンがそうです」
恭一の答えを聞くや否や、真凛はファストフード店を飛びだした。
恭一もテーブルを片付けると、慌てて真凛を追いかけた。
デニムジャケットを着た女性は、パジェロで迎えに来た男と夜の街に消えた。
香織はデニムジャケットを見送ると、ひとり駅の方向に歩きだした。
暗い街灯の下、香織の耳元にドルフィンが光るのを真凛は見逃さなかった。
カーディガンの女が間違いなく香織であると見定めて、さりげなく近寄る。
すると、真凛と香織の間を遮るように、雑居ビルの前に一台のセダンが停まった。
漆黒のマークXだった。
ドアが開き、後部座席から矢沢が降りてきた。
ギブスで左の前腕を固定し、それを白い三角巾で首から吊っていた。
「あいつ・・・」
「香織!」
矢沢は不遜な態度で香織を呼びとめた。
香織は矢沢を無視して歩き続けた。
「香織! ちょっと待てよ!」
香織は矢沢をちらっと見た。
「話があんだよ」
「あたしはない」
「ほら、これ」
矢沢は首から吊った左腕をほんの少し動かした。
「おおげさな・・・」
「これじゃ大会にも出られないし、治療費もかかるんだよね」
「お気の毒さま」
「勘違いするな。お金の話じゃない。実はさ、俺の兄貴がお前のこと気に入っててな。頼む。ひと晩酒の席付き合ってやってくれないか。
そしたら俺の・・・」
「断る」
「頼むよ。ほんといい兄貴なんだよ」
「サイテー」
吐き捨てて背を向ける香織の腕を、片腕の矢沢が掴む。
「待てよ、話は終わってない」
無理やり車に引きずりこもうとする矢沢に抵抗する香織。
香織の悲鳴が真凛の耳に届いた。
真凛は恭一に
「お前は手を出すな」
と言い残して、矢沢に向かって突進した。
真凛の頭突きを腹に受けた矢沢は路上に尻餅をついた。
顔をしかめながら頭突きの主を見る。
見覚えのある顔だった。
「消えろ! クソ野郎!」
そう言われて矢沢は、その女子が江の島のJKだと確信を持った。
「お前、あのときの・・・」
真凛は矢沢を睨みつけた。
香織も真凛の突然の登場に驚いた。
「香織さんから手を引け、矢沢」
矢沢は香織と真凛を見較べて言った。
「お前ら知り合いか?」
「おう」
と真凛は返事したが、香織は首を横に振った。
「どうなってんだ?」
「香織さん、帰っていいよ」
「待てよ。ちょうどよかった、ネェちゃん。治療代と慰謝料払ってもらおうか」
矢沢は立ち上がって真凛に顔を近づけて凄んだ。
「いちゃもんつけてんじゃねぇ!」
真凛のパンチが矢沢のみぞおちに炸裂した。
うっと身を屈めた矢沢だが、すかさず真凛の襟首を掴み
「調子に乗るじゃねぇよネェちゃん」
その首を締めあげた。
「痛い目見たいのはどっちかな」
真凛は反動をつけ矢沢の股間に膝蹴りを喰らわした。
矢沢は思わず腰を屈めて後ろを向いた。
だが向き直る勢いで、左前腕のギプスを振り回して真凛の顔面にヒットさせた。
真凛の身体が宙に浮き、そして崩れるように地面に落ちた。
ちっ、と真凛に唾を吐きかけ、矢沢はふたたび香織の手首を掴んだ。
「待てよ、クズ」
真凛は口元から血を流し、ふらつく足で立ちはだかった。
矢沢は呆れながらも怒りの表情を露わにした。
「俺、女だからって手加減しないタイプだかんね」
矢沢は真凛の背後に回り喉元を締めた。
「やめて!」
香織がわめく。
「人目は避けてやるよ」
そう言って矢沢は、ビルとビルの間の路地に真凛を引きこんだ。
身長152cm体重40キロ。
華奢で非力。
武道系でもない女子高生が、たとえ片腕を吊ってるとはいえ、成人男性を相手に喧嘩して勝てるとは思っていなかった。
しかし真凛には戦う理由があった。
そして戦っても決して負けない自信があった。
俺は死なない。
結果は明白だった。
気絶寸前まで真凛は矢沢に打ちのめされた。
小便臭い路地裏に真凛はぼろ雑巾のように打ち捨てられた。
勝ち誇った矢沢は真凛を路地裏に放置し、通りに出た。
呆然と立ち尽くす香織に近寄り、彼女に手をみたび掴む矢沢。
返り血を浴びている矢沢の手を、香織が何度も拒む。
「手を離せ、クズ」
血だらけの真凛の口が開いた。
目を腫らし服は破れ、額から血を流した真凛が、路地の入口に立っていた。
「しつけぇネェちゃんだな」
「俺のこと、ネェちゃんって呼ぶな」
「死にたいのか、ネェちゃん」
矢沢はポケットに手を入れた。
「香織さんからそのきたねぇ手を離せって言ってんだろうが!」
傷だらけの足を引きずって真凛が矢沢に近づく。
頭にきた矢沢はポケットから飛び出しナイフを取り出した。
「やめてください!」
恭一が、真凛と矢沢の間に止めに入った。
グサッ!
と鈍い音がした。
脅しのつもりだった。
せいぜい切り傷を負わせる。
そのつもりで出した矢沢のナイフが、恭一の胸に突き刺さった。
左腕を吊っていたせいで右手に余計な力が入った。
矢沢に突進した恭一は、その胸板でナイフの切っ先をまともに受けてしまった。
恭一の着ていた姫君Tシャツの絵柄が、いっきに血の赤に染まった。
狼狽えた矢沢は恭一の胸からナイフを抜いたものの、どうして良いかわからず地面に捨てた。
バタン。
それは恭一が崩れ落ちる音であり、マークXのドアが閉まる音であった。
「キョーイチ!」
真凛はかろうじて恭一の後頭部を受けとめた。
地面に横たわる恭一の身体から真っ赤な鮮血が止めどなく流れた。
矢沢はマークXに駆け寄った。
だがマークXは、矢沢を見捨てて静かに走り去った。
矢沢は後ろ盾を失った。
「しっかりしろ!」
真凛は、血の気が引いて目が塞ぎかかっている恭一の頬を叩いた。
「キョーイチ、俺を見ろ!」
恭一はうっすらと目を開き、力なく言った。
「真凛さん・・・」
その口から大量の血が溢流した。
真凛は恭一の首を横に傾けて、口内に血が溜まらないようにした。
「救急車! 誰か救急車!!」
真凛は近くにいた香織に哀願した。
恭一はかろうじて聞き取れる声で真凛に言った。
「お願いがあります、真凛さん」
「大丈夫、キョーイチ、聞いてる」
「もし真凛さんが普通の真凛さんに戻ったら、僕と付き合ってくれますか」
恭一は途切れ途切れに言い終えると、静かに目を閉じた。
「ダメだ!」
真凛が恭一の意識を引き留めようと、恭一の頬を叩く。
「だめ・・・なん・・・です・・・か・・・」
目を閉じたまま恭一が言う。
「そうじゃない。いいよ。付き合ってやるよ。結婚しよう。一生お前にそばにいてやるよ」
真凛の言葉は恭一に届かなかった。
「キョーイチ!」
と真凛は恭一の肩を揺さぶったが、恭一の目も口も動くことはなかった。
恭一は真凛の腕の中で、静かに息を引き取った。
真凛はしばらく恭一の身体を抱いて涙を流した。
「キョーイチ。なんでお前みたいないい奴が死ななきゃならないんだよ」
真凛は怒りにうち震えた。
その怒りの矛先は仔犬のように怯えた矢沢に向けられた。
作品名:スーパーソウルズ 作家名:椿じゅん