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今よりも一つ上の高みへ……(第一部)

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6. 紅白戦



「脚、太くなったんじゃないか?」
「松田君、それって女の子には禁句だよ」
「あ、悪い……」
 思わず謝った松田だったが、雅美の目は笑っていた。
「でも本当だよね、筋トレの効果が出て来たのかな、だったら嬉しいな」
「ジムで一生懸命やってるもんな」
 松田も夜はマシンで汗を流すことが多い、雅美の目の色が変わってきていることに気づいていた、投手組の同僚に聞くと、ランニングでもビリには変わりはないが歯を食いしばって追いつこうとしているらしい、ラスト一周で諦めてジョギングになってしまっていた頃とは明らかに違うらしい。
「実を言うとね、お尻も大きくなって来たみたい、ジーンズが入らなくなっちゃった」
「ははは、今度買う時は伸びる生地のを買わないとな」
「ホントね」
 自分が知らないところで何があったかはわからない、だが、気持ちを変える何かがあったのだろう。
「でも、球は速くなって来ないのよね」
「そんなにすぐに効果は出てこないさ、強くなった筋力を生かすフォームを身に付けないとな」
「どうすればいいの?」
「いやいや、自然に体が覚えるものさ」
 そう言ったものの、自分にフォームの指導ができないのがもどかしい、それは小山でも同じことだ、と言って高橋ピッチングコーチは指導しようとはしないし、させたくもないが……。
「スピードは変わらなくてもさ、球威は上がって来てるぜ」
「ホント?」
「ああ、特注ミットをもうひとつ頼まないとな」
 松田は雅美の相手をする時は特注ミットを使っている、ルールギリギリの大きさで、いわゆる土手の部分も大きく膨らんでいない、ほとんどファーストミットのように見えるキャッチャーミット、最初に特注したものは掌部分のクッションもほとんど入っていなかったが、雅美の球は重くなって来ていて、もうそれでは手が持たないなと思い始めているのだ。
 ジムでの筋トレは下半身を中心にしたメニューだが、雅美がマシンに慣れるのに伴って上半身のトレーニングメニューも加えられている、おそらくその効果が出てきているのだろう。

 翌日のことだ。
「へぇ、ナックルってそうやって投げるんだ……でもどうしてクイックでばかり投げてるんだ?」
 キャンプも後半になり、主力組もブルペンで力の入ったピッチングをするようになった。
 そしてたまたま隣り合わせたベテランの林が、雅美のピッチング練習を見てそう言った。
「ナックルボーラーは盗塁されやすいんです」
「ああ、そうか、なるほど」
「それに、ナックルは自分でもどう変化するかわからないんで、コントロールを付けようと思って、小学校時代からずっとこのスタイルでやって来てるんです」
「でもさ、下半身の力が上手く伝わってないように見えるな」
(よし! ラッキー)
 松田はそう心の中で叫んだ。
 林は昨年チーム最多、リーグでも二番目のセーブを挙げている、チームの成績がもう少し良ければセーブ王になれただろう絶対的守護神なのだ、彼のアドバイスならばピッチングコーチのそれに劣らない。
 松田は小走りにマウンドに向かった、何か良いアドバイスが貰えるかもしれない。
「あの、どうしたら……」
「どうしたら良いでしょう?」
 雅美と松田が同時に言ってしまい、林はちょっと面食らったような顔を見せたが、すぐに笑顔を見せてくれた。
「必死だな、熱心で貪欲なのは良いことだよ、キャンプも残りわずかだけど、これからなるたけ俺の隣で投げるようにしろよ、気が付いたことはアドバイスできるかもしれないからな」
「「ありがとうございます」」
 今度は二人同時に同じ台詞だ。
「まず、ワインドアップとまでは言わないけど、ノーワインドアップで投げてみな、下半身の使い方をおぼえるためにね」
「はい」
「軸足だけでしばらく立ってみな……右肩が下がるだろ?」
「そうですね、でもそれって良くないんじゃないですか?」
 今度は雅美だけ、子供の頃右肩を下げるなと教えられて、ずっとそれを守って来たのだ、もっとも、ボールを担ぐようなフォームなので元々あまり下がらないのだが。
「たしかに少し前まではそう教えてたよな、でもメジャーとか見てごらん、めちゃくちゃ下げるフォームのピッチャーもいるよ、あんまり極端なのはどうかと思うけど、俺も少し下げるようにしたんだ、軸足一本で立つなら体を傾けるのが自然だろ? その方が下半身を上手く使えると思うぜ、溜めができるんだよ、俺もそうフォームを直したら5キロくらい速くなって中継ぎからクローザーになれたんだ」
「そうなんですか? ありがとうございます」
「礼は良いから投げて見ろよ」
「はい」
 松田が小走りに戻り、右ひざを少し曲げてしばらくモーションを止めてから左脚を踏み出して投げ込んでみる。
「あ……投げやすい」
「そうか? だったらそのフォームが合ってるんだよ、俺はこれで上がるけど、練習してみな」
「はい……あ、何かお礼を……」
「お礼? 惜しいな、バレンタインデーはもう過ぎちゃってるよ」
 林は笑いながらそう言ってブルペンを後にした。
 その後ろ姿を見送りながら、雅美と松田が深々と頭を下げていたのは言うまでもない。
 このアドバイスにならゴディバの一番大きい詰め合わせでも安いものだ、料理が不得意な雅美には手作りチョコは難しそうだが……。
 それから毎日、林は一言二言だがアドバイスをくれるようになった。
「右足の蹴りをもう少し意識してみな、体を押し出すようなイメージでさ」
「投げた後右脚をつくのが早いな、もう少し左脚一本で立ってるように意識してみな、体の開きが抑えられるよ」

 しばらくすると一軍はオープン戦のために留守になってしまったが、上半身の使い方は何も直されていないので下半身の動きだけを意識して練習できる、そして林のアドバイスを実践すると下半身に張りが来る、つまりは今までより下半身が使えるようになって来ているのでは? と実感できる。
(早く松田と小山、そして林に帰って来てもらいたいな)
 そう思いながら雅美はピッチング練習に励んだ、そして、夜の筋トレにも一層力が入るようになった。

「131キロ、なるほど、プラス10キロ達成したな」
 小山は松田の後ろでスピードガンを構えたまま嬉しそうに言った。
「良くこれだけの短期間で達成したな」
「私、今まで甘かったですから」
「伸び代は充分にあったと言うわけだ、俺もここまでとは思わなかったよ」
「ナックル、投げてみようか」
 松田の言葉に頷いて投げ込む。
 100キロ出ていた、そして切れ味も増している。
「行けるな、明後日の紅白戦に投げられるように進言してみようと思うがどうだ?」
「はい、自分の今の力がどのあたりなのか試してみたいです」

 翌々日、雅美は若手組の三番手としてマウンドに上がった。
 キャッチャーは松田、彼はオープン戦にも帯同している、もう開幕一軍はほぼ確実にしているが、田口と武内が下がった後にちょっと出番が与えられているだけ、一軍での出場機会は雅美にかかっていると言う状況に変わりはない。
「なんだか緊張しちゃう」
 雅美の顔がこわばっている。
「大丈夫、思い切って投げ込んで来い」
 そう言ってキャッチャーボックスに座った。