白線の内外(うちそと)
その姿を守備に散ったナインばかりでなくベンチの控え選手も見守った。
(あいつを甲子園に連れて行ってやりたい)
誰もがそう思った……。
次の一球も四番はしっかりバットの芯で捉えた、またもや三塁線への痛烈なゴロ。
しかし、今度は博己の球威、いや、気持ちがわずかにバットを押し返した。
コースは白線の僅かに内側、そしてさっきの打球ほどの勢いはない。
俺は横っ飛びにそのゴロを掴むとそのままグラブでベースにタッチし、素早く起き上がった、二塁は間に合わない、俺は渾身の力をボールに込めて一塁に送った。
「アウト!」
塁審の片手が上がった。
ダブルプレーでツーアウト! まだ二塁に同点ランナーが残っているが、流れは完全にこっちのものだ。
そして博己は次の五番打者を三振に切って取った。
決勝進出だ!
博己がマウンドを駆け下りて来ると、あっという間に輪ができた。
健太もその輪に加わりたかっただろうが……。
試合後のロッカールームは歓喜に沸いていたが、その中に健太の姿はない。
ボールボーイは後片付けの役目も担っているのだ。
だが、しばらくしてグラウンドに出てみてもそこに健太の姿はなかった。
聞けば兄と名乗る人が息せき切ってやって来て、健太はタクシーで一緒に病院に向かったと言う……。
翌日の決勝戦。
グラウンドに健太の姿はなかった。
誰もが昨日病院で何が起こったのかを察した、そして、試合にも敗れ、あと一歩のところで甲子園を逃してしまった……。
試合後、監督は選手一人一人にねぎらいの言葉を掛けた後、ある葬儀場の名前を告げた……。
翌日、親族席に並んだ健太は、うつむくことなくしっかり前を向いていた。
あと一歩で甲子園を逃した……悔しい思いは両手でも抱えきれないほど重い。
だが、前を向かなければいけない……健太の姿を見たチームメートは誰もがそう思った。
そしてこうも思った。
あの準決勝に勝てたのは健太も一緒に戦ってくれていたからなのだと……。
「よう」
「おう」
新学期、健太は晴れ晴れとした顔で登校して来た。
聞けば、おふくろさんはテレビで健太がグラウンドを走り回っているのを見て随分と喜んでくれたそうだ、その後危篤に陥ってしまったが、健太が病室に飛び込んで勝利を告げるとかすかに手を握り返してくれたのだとも……。
「おふくろには世話ばっかりかけたけど、最後にちょっとだけ親孝行できたかもな」
「そうか……良かったな……」
「ああ、あの試合に勝ってくれて感謝してるよ」
「いや、あの試合はお前も一緒に戦ってくれてたしな」
「俺もそのつもりだったよ……だけどな」
「なんだ?」
「秋の大会からは俺も白線の内側で戦うぜ、サードのポジションは奪わせてもらうぜ」
「そうは行くかよ」
俺はそう言って笑ったが、実は監督からショートへのコンバートを打診されている。
三年生が抜けた新チームでは間違いなくそれがチームのためにベストの布陣になるはずだ、だから秋からは健太と三遊間を組むことになるだろう。
だが今はもうちょっと健太とのライバル関係を楽しみたい気持ちだ、健太のファイトとエネルギーを分けてもらえる気がするしね。
(終)
作品名:白線の内外(うちそと) 作家名:ST