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白線の内外(うちそと)

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「お前の気持ちもわかるよ、ポジションも同じだしな、だけどチーム編成を見渡せばレギュラーはお前だ、それに三年生は今年が高校野球最後の年なんだ、そう考えて行くとどうしても白井を選べなかった……無理に選んだら却ってあいつが傷つくと思ってな」
「わかりました……あいつの分まで頑張ります」
「ああ、その意気だ、しっかり頼むぞ」


 甲子園に続く都の予選が始まった。
 俺たちは順調に勝ち上がって行った。
 博己をクローザーに据えて継投でつないで行く戦術が嵌り、接戦をことごとくものにして行ったのだ。
 俺も塁に出て掻き回す役目を果たせていたし、守備でも貢献できていたと思う。
 
 試合後にスタンドに挨拶する時、健太はネットにへばりつくようにして「活躍してるじゃないか」と喜んでくれる。
 だが、そのあとすぐにスタンドから姿を消すのは、おそらく病院に向かうのだろう。
 おふくろさんの具合、良くないのだろうか……。

 そして俺たちは準決勝まで駒を進めた、今日からはローカル局でだがテレビ中継もある。
 相手は優勝候補の一角だが、ロッカールームで「一丁喰ってやろうぜ」と気勢を上げてベンチに入ると、そこに健太の姿があった。
「え? どうして?」
「ボールボーイにしてくれるように頼んだんだよ、俺もテレビに映りたいからな」
 健太はそう言って笑って見せた、しかし、それが心からの笑顔じゃないことくらい、親友を自認する俺にはわかる、おそらく健太にはテレビに映らなくてはならない理由があるのだ、そして理由として考えられるのは……。
「健太……おふくろさんの具合……」
「さあ、試合前の練習だ、締まって行こうぜ!」
 健太は俺の言葉を不自然に遮って駆け出して行った……その様子を見て何かを察したのは俺だけじゃない、ベンチにいた誰もが必勝を胸に誓った。

 試合は投手戦となった。
 相手のピッチャーはさすがに優勝候補と言われるチームのエースだけあって、そう簡単に打ち崩せるものじゃなかった、と言うよりもバットに当てることすらままならない。
 しかし、こっちの投手陣も踏ん張った。
 継投が常になっている投手陣は『自分の役目』をしっかり理解している、それぞれニイニングで良い、余力なんか残っていなくて良い、三人で六つづつ、併せて十八個のアウトをそれぞれが全力で取りに行けばあとは博己が締めてくれる。
 それぞれタイプの違うピッチャーを絶妙に繋ぐ監督の手腕も光る、一打席ごとに目先を変えられ、それぞれが目の前のアウトひとつに全力で投げれば、優勝候補の打線と言えども簡単に捉まえることはできない。

 そこまで両チーム無得点だった試合が動いたのは七回の表だった。
 俺たちはそこまでパーフェクトに抑えられていて、七回の先頭打者は俺だった。
(とにかく塁に)
 俺の頭にはそれしかなかった、ヒットは打てないまでもファールで粘る。
 三塁側にファールが転がるとベンチの脇に置かれた腰掛から飛び出して行くのは健太だ。
 ボールを拾って向き直る健太の目が『頼むぞ』と言っている、俺はとにかく食らいついて行った。
 カウントスリーツーからの最後のボールは力んだのだろう、大きく高めに外れて俺はこの試合初めてのランナーとなった。
 一塁ベースに立った時、健太が小さくガッツポーズをしたのが目に入る……(見てろよ、直にそっちへ行くからな)、俺は可能な限りリードを大きく取った。
 すかさず牽制球が来た、俺は頭からベースに戻る。
 だが、これは想定内だ、初めから戻るつもりでいればリードは大きく取れる、何度も牽制させることができれば何かの癖が見つけられるかもしれない、そう考えての監督からの指示だ。
 二番にも監督から『待て』の指示が出ている、ツーストライクまで追い込まれるが、そこからカットで粘る、左バッターだから健太は大忙し、テレビに映っていると良いのだが、と思って見ていると、ふと、ピッチャーのしぐさが目に止まった。
 キャッチャーからのサインを覗き込みながらちらりとこちらに眼球を動かしたのだ。
 おそらく一塁手の位置が気になるのだろう……案の定、速い牽制が来た、そして次の投球準備では眼球は動かなかった。
 まだ確証には至らない、しかし二番は既に追い込まれている……イチかバチか、次の投球で俺はスタートを切った。
 投球は高めに外れるボール、強肩のキャッチャーが伸びあがるように捕ると矢のような送球を送って来た、タイミングはギリギリアウトか……だがヘッドスライディングの態勢に入るとショートの動きから送球がわずかに左に逸れたのがわかる、俺はタッチから少しでも離れようと、右側に体を逃がして左手でベースに触れに行った。
「セーフ!」
 二塁塁審の手が大きく広がった、ベース上に立ち上がると、健太はこっそり俺に向かって親指を立てて見せた。
 それまで手足や体の向きばかり気にしていて眼球の動きまでは目が行き渡らなかった、健太を見たおかげで気づいた癖だ、俺は三塁側ベンチに向かってガッツポーズを見せたが、その実、視線は健太に向けていた、(お前のおかげで盗塁成功したぞ)と。
 二番はツーストライクまで追い込まれていたが送りバントを敢行した、粘っていて目が慣れていたのか上手く転がしてくれた、サードベースに立つと、健太の笑顔が俺を迎えてくれた。
 そして三番はキャプテン、相手バッテリーはスクイズを警戒して一球外し、二球目は勝負に来たが僅かに外れてツーボール、次の一球を置きに来たところをキャプテンがセンターフライを打ち上げてくれて、俺はホームを駆け抜けた。
 ノーヒットで一点先取だ。

 七回の裏からは博己がマウンドに上がった。
 博己は相手のエースのような剛速球を持っているわけではないが、球を低めに集めてコーナーを丹念に突くピッチングが持ち味、バッターを追い込めば低目から小さく落ちるスプリットで三振も取れる、この予選でも安定したピッチングでまだ失点ゼロ。
 だがさすがに優勝候補、コーナーギリギリのボールにも食らいついて来る、ヒット二本とフォアボール一個を与えたが、それでも七、八回は無失点で切り抜けた。
 しかし、九回の裏に再び試合は動き始めた。
 先頭打者に粘られてフォアボールを許すと、次のバッターにもヒットを打たれてノーアウト一、二塁。
 同点、あるいは逆転のピンチだ。
 迎えるバッターは相手の四番、プロも注目しているほどの左バッターだ。
 ワンボール、ワンストライクからの三球目、俺の右を痛烈なゴロが襲った。
 抜ければ同点、あるいは逆転サヨナラだ。
 俺は思い切り飛びついたが、打球はグラブの先を抜けて行った。
(しまった!)
 左バッターとあって、ベース寄りに守備位置を変えることなく、定位置に守っていたのだ、だが、相手の四番は振り回すばかりの大物狙いではない、しっかりミートして来る好打者なのだ。
 俺は素早く起き上がりながら打球の行方を追う。
 打球は既に白線の外側だが、ベースの外側を通ったのか、それともベースの上を通って行ったのか……
「ファール!」
 塁審の手が高く差し上げられた。
 助かった……フェアならサヨナラ打になりかねない打球だった。
 すかさず健太がボールを拾いに走る。
作品名:白線の内外(うちそと) 作家名:ST