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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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第4章 輻輳する航跡 1. 光という名の


 ――許せ……

 言葉の断片が通り過ぎた。
「ここは……」
 暖野は目を開けた。
 白い世界。一面の真っ白だった。
 何も見えない。
「カクラ……君?」
 その名を口にして、はっとする。
 あの時、一体何が――
 顔が熱くなる。
「あれは……」
 背にも唇にも、彼の感触が残っている。
 そんな――
 それよりも、ここはどこなのか。
 ずっと彼女に触れていたはずのフーマの姿はない。
 #暖野__のんの__#は真っ白な世界の中、立っているのか宙に浮いているのかすら分からなかった。
 自分の身体は見える。だが地面は見えず、その固さも感じられない。
 目がおかしくなりそうだった。真っ暗なのではなく、真っ白なのだ。輝いているのではなく、白という一色の世界。単色の光という深淵に、暖野はひとり取り残されていた。
 フーマの名を呼ぶ。
 声は出るが、それは全て虚空に吸い込まれて反響すら生まなかった。
「どうしよう……」
 上下左右の感覚もなく頼りにすべき人もいない。
 行くべき所も探すべきものすらない状況で、どう動いてよいのかも分からない。
 真っ暗ならば、どこかに光源を求めることも出来たかも知れない。しかし一面光の雲に包まれたような中では、全てが隠されてしまっている。
 光という名の絶望。
 暖野は蹲る。
 そのつもりだったが、虚空の中では胎児のように体を丸めることしか出来なかった。
 集中していなくとも浮いていられるということは、少なくとも学校とは違う空間なのだろうとは思う。かと言って、ここはマルカといた世界でもない。
 まさか――!
 私は、学校と元の世界との間で迷子になったの――?
 ……信じろ……
 フーマは言っていた。
 だが、何をどう信じていいのか。
 暖野は途方に暮れて、ただ膝に顔を埋めるばかりだった。
 その姿勢のまま、手を伸ばしてみる。そこに触れるものは何もない。
「……」
 無駄に時間だけが過ぎてゆく。実際にあるのかさえ分からない時だけが、暖野の裡だけで揺蕩(たゆた)ってゆく。
 あの最後の瞬間の感覚が甦る。
「私の……」
 呟いてみる。そして、唇に指を当てる。「……奪われちゃった……の?」
 あの時、フーマは彼女を引き寄せ――
 全身の血が逆流しそうになる。
 何てこと――!
 あんな瞬間に飛ばされるなんて有り得ないと、暖野は憤慨した。逆流していた血が、今度は沸騰し始める。
 初めてなのに――!
 相手はどうあれ、その後の展開もなしにかき消されてしまうなど、理不尽を通り越して悪意すら感じる。
 それに、次に会った時どんな顔すればいいのよ――
 一通り羞恥と怒りに身を任せているうちに、現実に対する冷静さを取り戻す余裕が出来てきた。
 このような時、どうすればいいか……
 フーマは言っていた。
 まず、状況を受け容れることから始めろ、と。
 いま、暖野のいる空間。それが異世界なのかどうかも分からないが、これが唯一認識できる現実だ。
 名前を呼んでもだめだった。でも――
 一歩、踏み出してみようと思った。
 さっきは怖くて出来なかったが、今ならやれるかもしれない。
 フーマは、自分の心を信じろと言ってくれた。
 それなら――
 右足を上げる。
 本来なら体重がかかっているはずの左脚には、何の感覚もない。
 バランスを崩すでもなく、ただ右足だけが上がっている。
 一瞬、目を閉じる。
 そして、ありもしない前方の地面に足を下ろした。
 そこには、何もないはずだった。
 しかし、確かに地に足が着いた実感があった。
 だが、次の瞬間――
 底が抜けた。
 足が着いたと思う間もなく、大きく体が揺らぐ。不安定な浮遊感は消え、体が重みを取り戻す。
 暖野は悲鳴を上げた。
 周りの空間が粉々に砕け、散って行く。
 雲のようにあやふやだった白い世界は、あたかもガラスの破片のように暖野の周囲で音もなく崩壊した。
 赤黒い闇の中に、煌めく白の断片。
 彼女と共にいずこへともなく落ちてゆく輝きの亡骸。
「助けて!」
 伸ばした手が空を掴む。「助けて! …………」