久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下
第4章 輻輳する航跡 1. 光という名の
――許せ……
言葉の断片が通り過ぎた。
「ここは……」
暖野は目を開けた。
白い世界。一面の真っ白だった。
何も見えない。
「カクラ……君?」
その名を口にして、はっとする。
あの時、一体何が――
顔が熱くなる。
「あれは……」
背にも唇にも、彼の感触が残っている。
そんな――
それよりも、ここはどこなのか。
ずっと彼女に触れていたはずのフーマの姿はない。
#暖野__のんの__#は真っ白な世界の中、立っているのか宙に浮いているのかすら分からなかった。
自分の身体は見える。だが地面は見えず、その固さも感じられない。
目がおかしくなりそうだった。真っ暗なのではなく、真っ白なのだ。輝いているのではなく、白という一色の世界。単色の光という深淵に、暖野はひとり取り残されていた。
フーマの名を呼ぶ。
声は出るが、それは全て虚空に吸い込まれて反響すら生まなかった。
「どうしよう……」
上下左右の感覚もなく頼りにすべき人もいない。
行くべき所も探すべきものすらない状況で、どう動いてよいのかも分からない。
真っ暗ならば、どこかに光源を求めることも出来たかも知れない。しかし一面光の雲に包まれたような中では、全てが隠されてしまっている。
光という名の絶望。
暖野は蹲る。
そのつもりだったが、虚空の中では胎児のように体を丸めることしか出来なかった。
集中していなくとも浮いていられるということは、少なくとも学校とは違う空間なのだろうとは思う。かと言って、ここはマルカといた世界でもない。
まさか――!
私は、学校と元の世界との間で迷子になったの――?
……信じろ……
フーマは言っていた。
だが、何をどう信じていいのか。
暖野は途方に暮れて、ただ膝に顔を埋めるばかりだった。
その姿勢のまま、手を伸ばしてみる。そこに触れるものは何もない。
「……」
無駄に時間だけが過ぎてゆく。実際にあるのかさえ分からない時だけが、暖野の裡だけで揺蕩(たゆた)ってゆく。
あの最後の瞬間の感覚が甦る。
「私の……」
呟いてみる。そして、唇に指を当てる。「……奪われちゃった……の?」
あの時、フーマは彼女を引き寄せ――
全身の血が逆流しそうになる。
何てこと――!
あんな瞬間に飛ばされるなんて有り得ないと、暖野は憤慨した。逆流していた血が、今度は沸騰し始める。
初めてなのに――!
相手はどうあれ、その後の展開もなしにかき消されてしまうなど、理不尽を通り越して悪意すら感じる。
それに、次に会った時どんな顔すればいいのよ――
一通り羞恥と怒りに身を任せているうちに、現実に対する冷静さを取り戻す余裕が出来てきた。
このような時、どうすればいいか……
フーマは言っていた。
まず、状況を受け容れることから始めろ、と。
いま、暖野のいる空間。それが異世界なのかどうかも分からないが、これが唯一認識できる現実だ。
名前を呼んでもだめだった。でも――
一歩、踏み出してみようと思った。
さっきは怖くて出来なかったが、今ならやれるかもしれない。
フーマは、自分の心を信じろと言ってくれた。
それなら――
右足を上げる。
本来なら体重がかかっているはずの左脚には、何の感覚もない。
バランスを崩すでもなく、ただ右足だけが上がっている。
一瞬、目を閉じる。
そして、ありもしない前方の地面に足を下ろした。
そこには、何もないはずだった。
しかし、確かに地に足が着いた実感があった。
だが、次の瞬間――
底が抜けた。
足が着いたと思う間もなく、大きく体が揺らぐ。不安定な浮遊感は消え、体が重みを取り戻す。
暖野は悲鳴を上げた。
周りの空間が粉々に砕け、散って行く。
雲のようにあやふやだった白い世界は、あたかもガラスの破片のように暖野の周囲で音もなく崩壊した。
赤黒い闇の中に、煌めく白の断片。
彼女と共にいずこへともなく落ちてゆく輝きの亡骸。
「助けて!」
伸ばした手が空を掴む。「助けて! …………」
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下 作家名:泉絵師 遙夏