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大地は雨をうけとめる 第9章 アニサードの横顔

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 ルトイクスは彼女の方を振り返った。女主人が何を聞きたいのか、推し量っているようだ。
「私たち従僕は、物事があるべきところに納まっているよう、務める人種です。ですから、……年長の者に対して礼節を欠いた態度を取ることには、受け入れがたいとはいいませんが、批判的に考えてしまいます」
「アニサードがそうだった、と?」ルシャデールには意外なことだった。
「はい。クランを覚えていらっしゃいますか?」
「うん、おぼろげに」
 三年前にアビュー家を辞めた従僕だ。ルシャデールはあまりよく知らなかった。
「クランは御寮様の侍従になることを希望していました」
「へええ」
 初耳だった。トリスタンとデナンの間では、侍従の候補に上っていたのかもしれないが、彼女には知らされていない。
「でも、そのうちアニサードが侍従になるという噂が流れました。クランは神和家で働くことに誇りを持っていましたし、次の当主になられる方を補佐したいと考えていたようです。ただ、その望みがあまりに強すぎて、よくないこともしたと、聞いています。その……アニサードに対して、ですが」
 それを聞いて、納得がいくことがあった。四年前、アニスをユフェリへ連れて行く計画を進めていた時、彼の態度がおかしかった時期がある。人目を避けたり、ルシャデールが話しかけようとしたら行ってしまったり。彼女はそんなアニスに腹を立て、屋敷から出て行ったこともあった。
「アニサードから、お聞き及びではありませんでしたか?」
「初めて聞いた。クランが辞めたのは、私の侍従になれなかったから?」
「そうだと思います。アニサードが御寮様のそばで、大きな顔をするようになると思ったら、我慢できなかったのではないでしょうか。見かけによらず、彼は生意気ですから」
 生意気。それも初耳だ。
「たとえば?」
「クランに言ったそうです。御寮様のことをあなたが理解できると思えない、と」
「それのどこが生意気なんだ? そのくらいの言い方、私は普通にしているよ」
「御寮様はアビュー家の次期当主になられるお方ですから。しかし、その当時、アニサードは僕童にすぎません。そのような物言いはいささか礼を失しております」
 確かに、アニスの話し方としてはかなり挑発的な方だ。しかし、そうさせるだけのことを、クランがしていたのではないか?
「御寮様のザムルーズのことでもそうです。聞けば、アニサードが御前様に、植えて差し上げて下さいと頼んだそうですね」
「うん」
 ザムルーズとは子供が生まれると植える記念樹だ。庭がある家では、たいてい植えるものらしい。
 四年前、トリスタンとルシャデールの親子関係はかなり不安定だった。それをはたから見ていたアニスが植えてやってくれと、頼んでくれたのだ。
「あの件も、本来は執事さんや家事頭さんを通じてお願いするのが筋です。御前様は気取らない方ですから、気になさいませんが、ビエンディクさんなどは不愉快だったのではないでしょうか」
 言われてみると、その通りかもしれない。
「彼が私の侍従に決まって、使用人はみんなそんな風に思っていたのかい?」
「みんなではありません。彼は周囲の大人にはおおかた気に入られていました。私たち従僕は」ルトイクスは自嘲的な笑みを浮かべた。「底意地が悪いので、クランが辞めてから一年ぐらいは色々陰で申しておりました」
 彼は悪びれもせず、話していたが、その間もアニスを世話する手は休めない。
「おまえ、変わっているね。普通は、主人やその家族の前で、そういうことは言わないものじゃないのかい?」
「私は変わり者ですから」
 アニスに食べさせ終えたルトイクスは食器を片づける。
「ただ、わかっていただきたいのです。クランは私には親切でした。アニサードを脅したり、暴力をふるったこともあるようです。でも、彼のすべてが悪かったなどと思って欲しくありません」
「うん、そうだね」
 食器を下げに行ったルトイクスを見送って、息をつき、アニスの方を見た。今まで自分のことを話題にされていたこともわからず、口をぽかんと開けていた。


「生意気? 誰がそんなことを言ったんです?」
 それから二、三日後、アニスを連れて庭を散歩していたルシャデールは、シャムにたずねたのだ。使用人の間で生意気と言われるようなこともあったのかと。
「いや、誰というわけじゃないけど。私が知らないアニサードの側面もあっただろうなと、思って」
 どうも庭師と従僕は仲があまりよくないようなので、彼女は言葉を濁す。
「ルトイあたりですか。御寮様の耳によけいなことを入れるのは」
 ルシャデールは笑ってごまかす。
「あいつらは根性曲がってますからね。おおかた、クランが辞めた時のことじゃないですか?」
「あ……あ、うん……」
「生意気ってのは、要するに御寮様のことを考えてですよ」
「うん、わかっている」
 シャムは肩に担いでいた梯子《はしご》を降ろした。
「俺は御寮様の身の上のこと、アニスから少し聞いています。だから、クランに言ったことが間違っているとは思いませんよ。ザムルーズのことだって、執事やビエンディクを通してたら、いつになるかわからないし、そもそも、ちゃんと御前様に伝わるかどうか、怪しいもんです」
 うなずいて、ルシャデールはアニスを見やった。しゃがみこんで草をいじっている。まるで幼児のようだ。シャムもしばし、彼を見ていた。
「こいつは御寮様のことを、大事に考えてましたよ。正直なところ、俺は心配でした。もし、御寮様に惚れてしまったら、まずいことになるんじゃないかって」
 え? 思わず声を上げてから、彼女は笑いだした。
「ありえないよ。アニサードは女の子に好かれるみたいだし、何を好き好んで私みたいな……ははは」
 自分で言った言葉が哀しい。そうですよね、とは言わないが、シャムもそう思っているのか、笑っていた。
「侍従に決まった頃は可哀そうだなと思いましたよ。同い年でも、御寮様の方が大人びていましたし、こいつは早く大人にならなきゃいけなかった」
 アニスは土の上に座り込んで、空を見上げ、雲が流れる様を眺めている。少しのびた黒い髪が風にそよぐ。紐でまとめていたのだが、いつの間にか解けてなくなっていた。
「もし、このままだったら、こいつはどうなるんです? 身寄りもないし」
「このままって……ここにいるよ」ルシャデールはシャムの問いの真意がわからず、そう答えた。
「アビュー家でみて下さるんですか?」
「もちろんだよ。おまえたち、他の使用人だってそうだ。病気やけがではたらけなくなったとしても、本人や家族が望まない限りはここで養生してもらう。たとえ、治る見込みがなくたって。アビュー家にはそのくらいの余裕はあるからね。トリスタンだって、おなじように考えていると思う」
「御寮様が跡を継がれて、そして、神和師の職を引かれた後も、ずっと、ですか?」
 ルシャデールが養子を取り、跡を継がせるのは三十年ぐらい先の話だ。それからもずっと……。年をとって、アニスが死ぬまで。
 そこまで考えていなかった。
「うん……たぶん」
「そうですか、よかった。もし、放り出されたらどうしようか、考えたもんで」