久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上
しかし、時間が停まっている間は、その時間の世界にいる存在にとってはその事実を感知し得ない。例え何万年何億年時間が停まっていたとしても、再び時間が動き出すまでは時間は流れない。人々はただ、それを連続した時間としか捉えられないのだから。
暖野は1年の時に物理の教師が話していたことを思い出した。
相対性理論についての雑談で、ブラックホール・パラドクスだった。
ブラックホールに呑まれた船の時間は、速度が増すにつれて無限大に遅くなってゆくが、その乗組員にはそれは分からない。外側の観測者は船がやがて消滅することを知るが、船内の者は無限に遅くなる時間の中で永遠に死ぬことがない、というものだった。
ブラックホールがそういうものなら、呑み込まれたものは時間が無限ゼロポイントで停まっているはずで、その質量の中心点には達していないはずだ、と。
それは、確か――
教師はそれを何と言っていたのか、暖野は思い出そうとした。
事象の地平? 特異点――?
特異点――!
その意味は、今日学校で聞いた意味とは違っている気がする。それとも、そういう気がするだけで同じものなのだろうか。
暖野は溜め息をつく。
物理の専門家でもないし、まだ学校で授業も受けていないのでは理解の及ぶべくもない。
膝を抱えて蹲る。
必要もないのに小枝をくべてみる。火の粉が舞い上がるのを、見るともなしに眺めた。
谷の縁がはっきりと分かるほど、空には砂糖粒をばら撒いたように星が輝いている。
答えの出ないことを延々考えている自分が、恐ろしくちっぽけな存在に思えてくる。
野は静まり返り、虫の声もない。
星明かりを浴びて、花々がかすかに白んで見えるだけ――
月も出ていないのに、こんなに明るいんだ……
暖野は谷を見渡す。
違う、そうじゃない――
「光ってる……」
「え? 何か言いましたか?」
マルカが顔を上げる。
暖野は草原を、どこを指すでもなく指さした。なにしろ、周り全てが草原なのだから。
「光ってるの……」
青白くぼんやりとした明かりが、そこかしこに浮かび上がっている。ある場所は明るく、またある場所は暗く、地面にまだら模様を描いている。
しかもその光は、それと分からないほどにゆっくりと明るさを増しているように見えた。
マルカもそれが事実かどうか確かめようと目を凝らす。
「確かに……」
マルカが言う。
「そうよね? 錯覚じゃないわよね?」
「はい」
二人して草原を見つめる。
その間にも、花々は明るさを増してゆく。星はただ瞬くだけで、明るさを増したりはしない。
野に光充ち、放たれる……
放たれる――?
気づくと、谷一面が夜空に匹敵する、いやそれ以上の輝きに充ちていた。
自分のいる場所が空なのか谷底なのかを疑うほどだった。
――!
小さな光点が、立ち昇る。
見る間にそれは数を増していった。
光の粉は花々より湧き出で、上へ上へと漂い昇る。
二人はそれを、ただただ息を呑んで見つめた。
音はない。静寂のまま、無数の光輝が空を目指してゆく。
それらは天の星の中に紛れ、やがて見分けがつかなくなる。
星って、こんな風に生まれるんだ――
そんな童話めいたことを考えたとしても、誰もそれを笑うことなど出来なかったろう。
「すごいね……」
放心状態で、暖野は言った。
「はい……」
マルカも、空を見上げて答える。
無限に溢れ来るかと思われた光の競演も、徐々に終息に向かってゆく。
遅れた光の点は、先のものを追うように昇って行く。
「ここに泊まって、よかったね」
もうほとんど光を失った草原に視線を投げて、暖野は言った。
「このようなものは、初めて見ました」
「私もよ」
終わってしまった花火大会のような気持に、暖野はなっていた。
「ノンノ?」
「ん?」
「泣いているのですか?」
「え?」
言われて、暖野は目頭に指を当てる。
本当だ、泣いてる――
「でも、大丈夫」
暖野は言った。「よく分からないけど、嬉しいの。とっても」
何が嬉しいのかは分からない。しかし、体全体から湧き上がってくる祝福のようなものを感じていた。
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上 作家名:泉絵師 遙夏