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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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3. 河を越えて


 最初から分かっていたことではあったが、橋は結構な長さがあった。
 歩き辛さを感じるほどではないにしても、風は徐々に強くなっているようだ。
 橋脚のある部分には、簡素な休憩所が設けられている。そこから下を覗くと、確かに水の流れがあることが見て取れた。
 こんな所を足漕ぎボートで超えるのは、どだい無理な話だった。
 二人は橋の半ばまで来ていた。そこで橋と一体的に設えられたベンチに腰掛けていた。
 橋は周りよりも高く造られているため、見晴らしは良かった。
 線路は河を渡り終えると右へカーブして彼方まで続いている。その先にも町らしいものは見当たらない。
 見えるのは河の両岸にある船着き場、湖に注ぐ大河、そして山並みと荒野だけだった。
 路面電車のように、港にもいつかは船が来るのだろうか、と暖野は思った。
 彼女の思いを感知してから動き出すのなら、それはいつになるのかも分からない。そもそも船がどこにあるのかも不明だし、存在しているのかも怪しい。
「ほんとに、何もないのね」
 暖野が、ぽつりと言った。
「ええ」
 マルカが応える。
「私たち、どこへ行こうとしてるのかな……」
「そんなに心配しないでいいと思いますよ」
 マルカが言う「ノンノがそう決めたのなら、それが何であろうと新たな創造につながっているはずですから」
「あはは……」
 暖野は小さく笑った。「責任、重大ね」
 何をすればいいのか、どこへ行けばいいのかも分からない。とりあえず先へ進むことしか、今は出来ることはなかった。
 橋を渡り終えると、道は線路から徐々に離れて行った。平地に降りてしまうと、見える景色には全く希望が持てないように感じられる。だが、道なりに行くしかない。
 途中で船着き場から来た道と合流する。そこにはバス停があった。
 あくまでも普通のバス停。
 いつも乗っているバスの見慣れた停留所。そこには漢字でこう書かれていた。
 【橋口】
 確かに、たった今渡って来た橋へと続く道への分岐点ではある。それに、同じ名前のバス停が駅と学校の間にあったような気がする。
 まさか、彼女を連れてきたバスがここを通ったわけでもあるまい。眠っていたために気づかなかっただけというのは考えにくいことだった。
 路線図は、良く見知ったものだった。
 時刻表を見てみる。
 本数は多い。
 ここで待っていたら、帰りのバスが来るのだろうか、と暖野は考えてみる。
 だが、それはあり得そうになかった。書かれた本数の割には、一度もバスを見かけていなかったからだ。
 ここへやって来たのは自分だけではないのかも知れない――
 だが、自分と同じ世界のものとは言え、バス停に親近感を覚えるはずもなかった。ただ、橋口などという、どうでもいい停留所があることに違和感を覚えるだけだった。
 次の停留所名は一本松になっている。これから進もうとする道の先には、それらしき木が見えている。
 とりあえず、あそこまで行ってみよう――
 松の木の所には、バス停はなかった。元より期待などしていなかったが、少しばかり残念な気がした。
 二人はさらに歩き続けたが、バス停が現れることはついになかった。
 道の両側は所々に木立がある草原。分かれ道の一つもない。陽は高く昇り、容赦なく照り付けてくる。こんな感じで、どことも知れぬ場所までひたすら歩くのだろうか、と暖野はうんざりする。
 電車でも何でもいいから、乗り物があればいいのにと思う。
 左手から線路が近づいてきて、道と交差する。この先は丘になっており、線路は勾配を避けて迂回するのだろう。
 道はそのまま丘を越えて行く。
 沙里葉を出てからここまで、誰一人出会わなかった。街にもいないのだから、そこから外へ出たなら人に会う可能性はもっと低くなって当然だった。
「ねえ、あそこに何かあるわ」
 サミットから見渡して、暖野は言った。
 この先、道は林の中へと入って行く。深い森ではなく、疎(まば)らに木が生えた明るい林だった。
 高みに上ると、先の方が見通せる。彼女の指す方向には十字路が見えており、人工物らしきものが幾つかあるようだ。
「駅みたいですね」
 マルカが、そちらを見て言う。
 暖野は別のものを言っていたのだが、丘を回り込んだ線路の先に小さいながらも駅のようなものがあった。
 駅があると言うことは、そこに何かがあるのだろう。
 ちょうど見晴らしもいいことだし、二人は丘の上で昼食を摂っていた。
 宿では、気の利いたことに弁当まで用意してくれていた。おかしな言い方ではあるが、他に表現のしようもない。バスケットに詰まったサンドイッチ。一応まともなものが食べられるのは、有難い限りだった。
 二人は早々に食事を済ませ、これまでよりペースを上げて丘を下ったのだった。
「ここって……」
 林の中を進みながら、暖野は呟く。
 密な樹林ではないために、暗い雰囲気はない。道も広く、ほぼ真上からの陽光が路面を灼いている。その林の中の様子に、どことなく普通ではないものを、彼女は感じたのだった。
 だからと言って決して恐ろしいとか不穏だとか、そんな感じではない。
「ここって、人がいるのかな」
 よく注意して見ると、林の所々に切り開かれたような空間があった。丸太こそなかったが、明るい地面が見える。そこへ至る道もないし、何かが建っていたような感じでもない。
「どうなんでしょう?」
 マルカも周囲を見回して言う。「まだ、沙里葉からそれほど離れてはいませんし、もしここに人が住んでたりするようなら、もっと早くに気づいても良さそうなものですが」
 その通りだった。昨日もその前日も、そして今朝橋の上から見た時も、町はおろかどの方角からも一筋の煙さえ見えなかった。
 人はいないにせよ、駅のある所まで行けば、何かしら分かることはあるかも知れない。
 何も変化がないよりも、あった方がいい。
 林を抜けると、また遠くまで草原が広がっている。この先にも丘があり、広い谷間のようになっていた。
 川を渡る石橋がある。丘の上から見えていた十字路は、この先だ。雰囲気的に、村でもあって良さそうな場所だった。
 先ほどは見えていた人工物らしきものは、ここからでは見えない。一面の草に隠されてしまっているのだろう。
 十字路に出る。標識か何かないかと見回してみると、一本の柱が立っている下に、草に埋もれかけた木片があった。裏返すと、そこには矢印と文字が書かれていた。
「道標のようですね」
 マルカが言う。
「ええ。読めないけどね」
 たとえ読めたとして、どれだけの役に立ったのかも分からないが。「えーと、確か駅はこっちだったわよね」
 暖野が右へ行く方の道を示す。
 どうせ何もないだろうが、行ってみることにする。
 うまくいけば、列車が来るかも――
 駅はほどなくして見えてきた。道端には何故か木箱の残骸と思しきものが散在している。
 もし、そう言っていいのならば、それは駅前広場なのだろう、ただの土の広場の先に駅があった。木製の狭いプラットホームが一本だけ。改札口はおろか駅舎もない。沙里葉にあったような信号機もなかった。
 少し離れた所に小屋がある。まさか、あれが駅舎と言うこともあるまい。
 ホームに上がる。