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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 横長の長方形がひとつの意匠となっているらしい。最初のものには太陽、その次には太陽と雲らしかった。三つ目の彫刻に進んだ時、妙な感覚を覚えた。太陽の両側に渦巻き状のものが描かれているようだ。
 これは、宇宙創造の話なのかしら――
 暖野は考えた。だが、心の奥底でしきりに否を唱える何者かの存在があった。


  ふたつの互いに対峙する存在は
  それぞれの未来の種子を内包している
  たとえそれが同じ未来であろうとも
  時そのものは意志を持たない
  ゆえにふたつの存在は衝突し
  互いに打ち消し合うしか途はない。


 宇宙が生まれる前――まだ混沌がすべてであったとき……
 何のことだろう……。暖野はそれを凝視し続けた。だが風化し摩耗したそれは、何も語りかけてはこない。
 続く二つのものは、ほとんど崩れてしまって原形を留めていなかった。それより先は完全に瓦礫に埋没してしまっていた。
 祭壇の左側から始まる彫刻画は月をモチーフにしているようだった。
 そういえば――
 暖野は思い出す。今は失われてしまっている正面の女神の絵を。そこには右に月、左に太陽が描かれていた。基部の彫刻画とは逆になるが、そのことに何か深遠な意味が隠されているのだろうか。
 月に始まる一群の彫刻画は、どうやらある人物の経歴を描いたものらしかった。出生、成長そして出逢い――
 暖野は立ち止まる。
 少女と共に描かれたもう一人の人物。彼女はそれに見覚えがあった。
 誰だったろう――
 思い出せない。だが、自分の心に強烈な印象を残して去って行ったその人を忘れるなんて――
 強烈な印象――?
 知りもしない人に、そんなものを覚えたりするものなのだろうか。今の時点で彼女の心を占めるような男性はいなかった。かつてそうであった同級生だとしても、描かれている人物とは似ても似つかなかった。
 似ている――?
 暖野はその人物像を注視した。彼女の知っているどの人物に似ていない。そう、誰にも。
 なぜなら二人の人物の顔は長い年月に晒されたように、すっかり摩耗してしまっていたからだ。
 そもそも、ここに描かれているのが男と女なのかも判然としない。
 こちら側では、次の部分から上下二段に装飾が分かれていた。下段には――
『何だろう、これ?』
 よく見えなかった。すり減ったせいでそうなっているのか、最初からそういうものだったのか分からないが、雲か或いは渦のように思えた。
 ちょっと、怖い――
 それを見ていると、我知らず寒さのようなものを覚えた。慌てて視線を逸らし、視線を上方へ向ける。
 何――?
 そこから先、彫刻はさらに別れ――
 え? え――?
 うそ?
 そんな――
 こんなのって――
 彼女の周りを分岐しては消滅するイメージが展開する。無数のモニターのように明滅し、それらからは声にならない悲痛の叫びが押し寄せる津波となって彼女を襲った。
 嫌。嫌よ……
 耳を塞いでも目を閉じても容赦なく、それらは暖野のあらゆる感覚になだれ込んで来る。
 やめて! 嫌! いやぁぁぁぁぁぁ――!!

「ノンノ? ……ノンノ!」
 暖野はうずくまっていた。しゃがみ込んで両耳を塞ぎ、きつく目を閉じたその姿勢のままに。
 マルカが彼女の体を揺すっていた。「大丈夫ですか? いったい何があったんです?」
 目に涙を浮かべた彼女を見て、マルカが心配げに訊いてくる。
 暖野は彼の肩に手を置いて、何とか態勢を保った。そうでもしなければ、そのままくずおれてしまいそうだった。
「どうしたんですか? 何か恐ろしい目にでも――」
 暖野が震える手で指さす方向に目をやって、マルカが言葉を切った。
「こ……これは……」
 マルカが声を詰まらせる。
「これは……何なの?」
 気持ちを落ち着かせながら、暖野は訊いた。
 マルカは聖堂の残骸を見渡して、これまでにない悲痛な表情を見せていた。
「解るも何も……」
 震える声で、マルカが言う。「こんなものが、あるなんて……」
「ねえ、これは何なの? マルカには解ってるんでしょう?」
「駄目です。……私には、それは出来ないんです」
「どうしてよ。ねえ、これはどういう意味なの?」
「……」
 マルカは俯いてしまった。
 彼は、明らかに動揺していた。そんなマルカを見るのは初めてだった暖野は、どうしてよいのか戸惑う。
「ノンノは、どうしてこれを……?」
 マルカが絞り出すように言う。
「どうしてって――。見なかったの?」
「見るって、何をです?」
 暖野はマルカを見つめた。
 彼は、知らないのだ。暖野があの少女――ルーネアに導かれてここまで来たことを。
 暖野はこれまでの経緯を説明した。だが、少女の最後の言葉とその行動については黙っていた。
 マルカが話すには、彼が暖野を見失っていたのはわずかな間のことで、荒れ果てた城跡にも何の変化もなかったということだった。言うまでもなく、彼はドレスの少女、ルーネアの姿を見てもいなかった。
「で、その方はこう名乗ったのですね? ルーネア・ケィ・コーセム・フエナと」
 マルカが確認する。
「たぶん、そうだったわ。はっきり覚えてないけど。マルカ、知ってるの?」
「いいえ、聞いたこともありません。私はこの城の存在すら知らなかったんです。――ノンノが即興でそのようなことを思いつくとも考えられませんし……」
「当たり前よ」
 暖野は憤然として言った。
「いえ、勘違いしないでください。私は何も、ノンノが作り話をしていると言いたいわけじゃないんです」
「じゃあ、何だって言うのよ」
「ここの雰囲気から、ノンノがあるイメージを無意識のうちに作り出してしまったのかも知れないと――。でも、それでもおかしいのです。そのルーネアという人物が、どうしてノンノをここへ導いたのか、その辺りのことが理解できないんです」
「私、こんな所へ来たいとも思わなかったわ。第一、ここにあるものは何なの? これも私が作ったとでも言うの?」
 言いながら、あの湖畔の岩場を無理やりにでも進んできたことを思い出す。あれも、導かれてのことだったのだろうか、と。
「そこなんですよ」
 マルカが言う。「どうやらこの世界には、喪われずに残ったものがあるようです」
「だとすると、どうなのよ」
 暖野が訊く。
「何も怖れる必要はないですよ。むしろ、これからの旅に希望が出来たと言っていいでしょう」
「希望って、どんなよ?」
 さきほどまでとは打って変わって、嬉しそうなマルカに暖野は言った。
「私の考えるところによると、つまり、喪われなかった世界の断片が、まだ他にもあるということです。そうだとすると、私たちはこの世界で全くの孤立無援ではないかも知れない」
「他にも誰かがいるってことなのね?」
「そうです」
「でも、あんな幽霊みたいなのは、もうごめんだわ」
 そう言いつつも、暖野はあの少女にもう一度会いたいと思っていた。会って、識るべきことの内容を質(ただ)したかった。そして、あの拠る辺なき哀しみの理由を。