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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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7. 丘に待つ人


 少し先で、道は急角度で左に曲がっていた。それを曲がりきったところで、道は途切れていた。
 いや、そうではない。暖野には最初そう見えたのだが、実際には大きな門によって道が塞がれていたのだった。 塀や門にも蔦が這い、一見しただけでは周囲の森と変わりがないように見える。両側の門柱の間にはアーチが掛け渡してあったが、そこにも蔓が絡まっていた。
 それでも門を見分けられたのは、門柱の上に小さな灯りが点いていたからだ。そうでなければ、門の存在すら判らなかっただろう。
 マルカは暖野の方を向いて微かに頷くと、その門扉を押しやった。
 静かな森に、軋み音が響く。
 彼はまず暖野を先に通し、自らは後から入って門を元通りに閉ざした。
 敷地内も、これまでの道のりと大差なかった。いや、それ以上に酷いありさまだった。
 石畳の小径が奥へと続いているが、頭上に張り出した枝からは蔓が到るところで垂れ下がり、足元では丈の低い藪が時折完全に道を隠していた。石畳もあちこちで剥がれていて、草が伸びている。ここを歩くには頭上だけでなく、足元にも気を配らなければならなかった。
 だが暖野は足元だけに注意していればよかった。マルカが大きな障害物を彼女のために逐一除けてくれたからだ。
 元はれっきとした庭だったのだろうが、今は手入れする人もなく荒れるに任せている、そんな感じだった。
 そんな道も間もなく終わり、二人はようやく一軒の邸(やしき)の前にたどり着いた。玄関先のみならず、いくつかの窓には灯りが点っている。煙突からは細い煙さえ出ているのが見えた。
 ここには、人がいるのだ。
 当然ではないか。マルカは、暖野を待っている人がいると言ってここまで連れてきたのだから。
 暖野は幾分安堵した気分になった。
 建物は煉瓦か何かで出来ているらしいが、そこも蔦に覆われていていた。窓や玄関の灯りはあるものの、それが却って闇を際立たせ、他の総てを闇と同化させていた。
 玄関の庇の上からも蔦が垂れ下がり、さながら暖簾のようだった。だがそこを抜けると、予想に反してまともな玄関扉の前に出た。
 扉は大きく、そして高かった。
 マルカが動物の顔をかたどったノッカーで来客を告げる。
 扉の向こうからは何の物音もしない。
 彼はしばらく待ってから、扉に手をかけた。
 古めかしい割には、音もなく扉が開く。
「いいの?」
 暖野は訊いた。
「どうぞ」
 マルカが頷き、暖野を先に通す。
 邸内は暖かな光に満ちていた。
 内部はその玄関に相応しく立派なものだった。
 廊下には赤い絨毯が敷かれ、壁には幾つものランプが点っている。それらは気品に充ちて、荒れ果てた庭園からは想像もつかないほど清潔で整っていた。
 マルカが扉を閉め、再び先に立って歩き出す。
 壁には誰のものかもわからない肖像画が掲げられている。その中に、この森へ入る前に見た石像と同じ人物らしきものもあった。よほどの重要人物なのだろう。
 マルカは先を歩いてゆく。
 暖野は少し急ぎ足で彼に追いついた。
 マルカについて歩きながら、これから会う人物について、彼女はあれこれと想像を巡らした。
 まさか、王子さまとご対面、なんてね――
 物語の王子さまってイケメンが定番だけど、実際はそんなに甘くないんだよなぁ、などと変に現実的になってみたりする。
 だが、そんなふうに妄想を膨らませていられるのも、わずかな間だけだった。
 マルカは廊下を真っ直ぐに進み、突き当たりの扉の前で立ち止まった。そして、暖野の顔を見上げる。彼は暖野より少し背が低い。
「ここ?」
 暖野は囁き声で訊ねた。
 マルカが頷く。そして暖野に了承を求める。
 暖野もそれに頷き返した。実際、それ以外に出来ることはなかった。ここで突っ立ったままでいるわけにもいかないのだから。
 マルカが扉に向き直り軽くノックする。
 暖野の胸は、いよいよ高鳴った。
 どうしよう、本当に王子さまだったら――
 などと想像している暖野も、かなりいい気なものである。
 だが、部屋の中から聞こえてきた声は、彼女が想像していたような若い者のものではなかった。
「入りなさい」
 今度は、マルカが先に入った。半開きの扉の向こうで短いやりとりがあった後、彼は大きく扉を開け放った。
「どうぞ」
 促されて、暖野は部屋に足を踏み入れた。
 一歩踏み込んだ途端、暖野は圧倒されてしまった。
 内装が豪華だったとか彼女が空想していたような謁見室のようなものだったからではなく、あまりに雑然としてお世辞にも綺麗とは言えないものだったからだ。
 本棚には本が溢れ、飾り棚は品物を陳列するという用をなしていなかった。そこかしこに雑多な物が置かれ、正面にある大きな机の上にも書物が山と積まれていた。その机の後は一面のガラス窓だった。
 マルカは、暖野の後ろに控えていた。
「よく来てくれた」
 声は机の向こう、本の山の間から聞こえてきた。「散らかっていて申し訳ないが、そこに掛けてくれたまえ」
 よく来たも何もないもんだわ。勝手に連れてきておいて――
 そうは思いつつも、暖野はすぐ横にひじ掛け付きの椅子があるのを見つけて腰を下ろした。
 彼女が座るのを待って、再び声が聞こえてくる。
「君にとっては突然のことで、驚いたことと思う。だが、こうするより他はなかったということも解ってほしい」
 机の向こうで人の動く気配がした。声の主が姿を現す。
 その人物は、ほとんど真っ白と言ってもいいほどの白髪で、そのうえ立派な髭を蓄えていた。結構な年齢であろうが、その姿はかくしゃくとしており、一種の気品すら感じられた。
「あなたは……、誰なんですか?」
 出来るだけ失礼にならないようにとは思うものの、性急さには勝てずそんな言い方になる。
「そうだった。君はまだ何も知らないままだったんだね」
 その男は言った。その瞳は、“忘れてしまった”とマルカが言った時と同じような、哀し気な光を宿していた。「私は、アゲハという。――君は、ノンノ君だったね」
 暖野は、彼が自分の名を知っているのを別段不思議にも思わなかった。
 マルカもそうだったこともあるが、アゲハと名乗る人物が彼女をここへ招いた以上、名前を知っていて当然だろうからだ。
「彼は、博士なんです」
 マルカが目の前の老人について補足する。
「そんなことは、もういい」
 アゲハが静かに頭を振る。そして暖野に向き直って続けた。「残念ながら、あまり時間がないのだ。すでに時は動き始めてしまったのだから」
 彼は懐中時計のことを言っているのだろうか、と暖野は思った。ポケットの上から時計に触れてみる。その硬質な円い物体は、今は暖野のスカートの左ポケットに収まっていた。
「その時計は、鍵なのだよ」
 暖野の仕草を見て、アゲハが言う。
 もとより、彼女がそれを持っていることなど先刻承知の上のようだった。
「鍵?」
「そう。この世界を存在させることが出来る唯一の者が持つことで、初めて力を発揮する」
 やっぱり、あの話は本当だったんだわ――
 暖野はルクソールでマスターが言っていたことを思い返していた。
「ちょ――ちょっと待ってください」
 これは、いくら何でも馬鹿げていると彼女は思った。