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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 今はどの窓にも灯りはない。古めかしいデザインの街路燈が所々にあるが、どれも消えていた。
「あれ……?」
 暖野は思わず声を出した。
 ここは、確か――
 彼女はこの光景に全く見覚えがないわけではなかった。そう、この数週間のうちに徐々にはっきりしてきた夢の中に出てくる街並みに、ここはあまりにも似ていた。
 と、すると……。
 やっぱり、夢なんだ――
 暖野は納得した。今までとはパターンが違うが、これまでの続きなのだろう、と。
 広場からは放射状に5本の道が出ており、駅から正面方向へ真っ直ぐ続く道と、それと直角に交わる道には路面電車の線路があった。後の2本はそれらの半分ほどの広さしかない。
 石段の上に立ち、しばらく街並みを眺めていたが、それ以外に特に変わったものなどなかった。
 左手に伸びる街路からバスが戻ってくる気配もない。バスはその方角に走り去ったのだった。
 ため息を一つつくと、暖野は石段に腰を下ろした。そうして両膝に肘を置き、頬杖をつく。
 たそがれた光は変わらぬままだった。噴水の水音が眠気を誘う。
 夢の中でも、眠くなるんだ――
 暖野は意外に思った。
 本当に夢なのだろうか――
 再びその疑問が首をもたげてくる。
 頭の奥ではもうひとりの自分が、これが現実であると絶えず訴えている。しかし、彼女の意識は懸命にそれを否定し続けた。
 先ほどから握ったままの時計を見る。
 6時22分。動き出してから、間もなく1時間が過ぎようとしていた。
――本来の持ち主が手にしたとき、はじめて動き出す時計。そして、それが動き出したときに何が起こるかは、誰も知らない。この時計はその持ち主を捜して長い旅をしてきた。その果てに――
 やっぱり私が――
 暖野は急いでその考えを否定する。
 だが、それで全ての辻褄が合いはしないか。
――やっと、会えましたね。
 夢の中で、あの少年はそう言っていた。少年は時計の精か何かなのだろうか。
 そんなおとぎ話のようなことが現実に起こるはずがない。
……ずっと待っていたのですよ――
 脳裏に少年の言葉が繰り返される。
 やっと――
「やっと、来てくれましたね」
 暖野は顔を上げると、慌てて周りを見回した。
 聞き慣れた声。そう、あの夢の中で会った少年の声が聞こえたような気がしたからだ。
 空耳なんて……ね。
 暖野は、ふっと笑った。
 そしてまた、噴水の水を見つめる。それくらいしか見るものもなかった。
 何をそんなに怖れているの? 怖がることなんて、なにもないのに……。
「何を、そんなに怖れているのですか?」
 二つの声が重なった。自分の心の内のものと、そして――
「誰!」
 暖野は立ち上がった。やはり、誰の姿もない。
「誰なの!?」
 暖野は悲鳴に近い声を上げる。
「ここです」
 また、少年の声。
「どこ?」
 暖野はもう一度、ゆっくりと見回す。
 誰もいない。少なくとも、見える範囲には。
 見える範囲――?
 暖野は階段の手すりに手をかけて身を乗り出した。
 果たして、そこに声の主はいた。
「あなたは……」
 そこまで言って、暖野は言葉に詰まった。
 その人物はまさしく、何度も夢に出てきた少年だった。黒の上下のスーツに白いシャツ。そして黒い帽子。夢で見たままだ。
 少年がゆっくりと階段の正面に向かって歩き出す。暖野の目がそれに合わせて姿を追う。
 やがて少年は階段の下に達した。わずか数段の階段の上下で二人は向き合った。
 少年が最初の段に足をかける。
「来ないで!」
 暖野は咄嗟に身を引いた。
 少年が立ち止まる。その表情は、何とも言えず哀しげな光を宿していた。
 暖野は何か悪いことをしたような気分になった。
「どうして、そんなに怖がっているのです?」
 何かをしきりに訴えるような目で、少年は暖野を見つめてくる。
 暖野はその場に釘付けになり、全ての動きが封じられてしまったかのようだった。
「あなたは……誰?」
 それだけのことを努めて冷静に訊くのに、渾身の力を要した。
「忘れてしまったのですか?」
「忘れるって……?」
 何が何だか訳が分からなかった。忘れるも何も、暖野は少年の名前すら知らない。ただ夢の中で会っただけで、それを知り合いというのなら別だが。
「無理もないのかも知れませんね。あなたの身に起こったことを考えれば……」
「私……の?」
 ますます訳が分からなくなる。
 一体どういうことなの? 私に何があったっていうのよ――