小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

INDEX|121ページ/121ページ|

前のページ
 

「鍵、ね……」
 また鍵かと、暖野は思う。だが、今は不確定要素しか頼るものがなかった。
 暖野は呼吸を整える。「いい?」
「ああ」
 フーマが、軽く暖野を押す。
 無理に進ませようとすのではなく、支えているという意思を伝えるように。
「見える」
 フーマが呟く。
「え? 何か言った?」
 扉に触れようとした手を引っ込めて、暖野は振り向いた。
「見えた。扉が」
「あなたにも見えるの?」
「ああ。でも今は見えない」
 フーマは左手を腰に当て、考える仕草をする。そして、言った。「ちょっと、いいか」
「いいかって、何を?」
「お前に触ってもいいか?」
「ちょ……、急に何を言い出すの?」
「さっき、俺はお前を押した。その一瞬だけ扉が見えた……気がする」
「そういうことなら……」
 仕方ないだろう。だが、真顔で触れることの許可を求められると、返答に困ってしまうのも確かだ。
 フーマが、暖野の肩甲骨あたりに手を当てる。二重の意味で、喉が鳴る。
 未知のドアを開ける重圧、そして背に当たる手の感触に。
「やはり、そうなんだな」
「一体どういうことなの?」
 訳が分からず、暖野は訊いた。
「俺は、お前を通して扉を見ている。見ているのは俺の目ではなく、お前の目を通して流れ込んでくる視覚情報だ」
「じゃあ、あなたはずっと私に触れてないと……」
 さすがに、それは少々恥ずかしいというか何と言うか……
「悪いが、そうみたいだな。とにかく、ドアを開けてみよう」
「分かったわ」
 いつまでもこの態勢でいるのも気まずい。
 暖野は扉を開けた。
 本当ならば、そこは空中のはずだった。校舎の一番端、それも最端なのだから。
 だが……
「これは――」
 暖野は息を呑んだ。
「隠しアーカイブか」
 フーマが言う。彼も驚いている。
「前に来た時は、なかったよね? あなたも、あの時いたから、分かるよね?」
 暖野は確認する。
「ああ。前には無かった。俺は図書館には何度も来ている」
「これって、どういうことなんだろう?」
「さあな」
「入ってみる?」
「もちろんだ」
 書庫だった。奥に大きな窓が一つあるだけで、両側の壁面には天井まで届く書棚が続いている。縦長の部屋の中ほどに机と古びた椅子があった。
「この中に、みんなを元に戻す手がかりがあるのかしら」
「そういうことだろう」
「こんなに沢山の本を、どうやって調べたら」
「全部を読む必要はないだろう。俺には、今ここが開かれたことが偶然だとは思えない。そして、お前がこれを見つけたことも。だから、お前の心に従っていれば自ずと答えは見えてくると思う」
 また、それか――
 自分の心のままに。かつてマルカも言っていたこと。
 暖野は黙って壁面に並んだ本を見渡した。どれも古そうで、厚みもある。
「ねえ」
 暖野は言った。「あなたって、どうしてそんなに私のことを知ってるように言うの? 私はつい最近来たばかりの通いの者なのよ」
「そうだな」
 フーマが言う。「正直に言おう。俺は、お前のことを何も知らない。転移者で通いだということ以外では、お前が話してくれた以上のことは」
「なら、どうして?」
「それは、俺にも分からない。ただ分かることは、お前はお前が思っている以上の力を持っていて、自分でもそれに気づいていない」
 そこまで言って、フーマは首を振った。「違うな。気づいていないのではなく、抑えられていると言った方が正しいかも知れない」
「似たようなこと、前に言われた気がする」
「だろうな。ただその力は、無力者にとっては脅威だ。それ故排除や疎外といった苦悩を背負わされることも多い。力は、必ずしも人の幸福には直結しない」
「でも、力があれば――」
「使える環境があればな」
「なければ、どうなるの?」
 ある程度は答えを予測できる、でも訊かずにはいられなかった。
「魔女裁判だ。魔女かどうかはともかく、その社会で異端審問にかけられる」
「それは……」
「言わなくてもいい。身を切るような辛さを表明するようなものだ」
「うん……」
 彼の言わんとしていることは分かる。
 それは分かるんだけど、どうして涙が出るの……?
「泣くなとは言わない」
 フーマが言う。「泣きたければ泣けばいい。泣けないよりは、ずっといい。お前は、泣けるだけの心を持っている」
 慰めてくれていることは分かる。しかし、そこからは何の解決も導き出せない。
「でも、泣いてるだけじゃ何にもならない」
「そうだな」
 フーマが言う「泣けない奴より泣ける奴の方が遥かにいい。でも泣いてるだけではどうにもならない。お前の言う通りだ」
「下手な慰めなんて、私はもうたくさん」
「ああ、わかってる」
「あなたに、何が分かるって言うのよ」
 どこまでも冷静なまま暖野の内懊を突くフーマに対し、怒りが湧いてくる。
「そう」
 フーマはあくまでも冷静に言った。「俺には分からない。自分の心すら分からないのに、人の心など分かるはずもない」
「なのに、あなたはどうしてそんなに落ち着いていられるの?」
「俺は、基本的に人を信用していない」
「……」
「人は裏切る。打算的でその場限りで、自分の利益を優先しているようで最終的に自ら破滅を招く」
「あなた、何が言いたいの?」
「俺は、人を信用しない」
 フーマが、暖野を真っ直ぐに見つめてくる。「少なくとも、これまではそうだった」
 背に触れた手に、力が込められる。
「あ……」
「でも、今は――」
 真っ直ぐな瞳が、迫ってくる。
「だめ……」
 抵抗は、空にかき消えた。
「信じてもいいと思える」
「そんな……」
 でも――

 だから、

 お前も……自分を

 ……信じろ

 思いが直接、暖野の身体に流れ込んできた。