小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

INDEX|120ページ/121ページ|

次のページ前のページ
 

12. 信じる


「おい!」
 腕を強く掴まれ、暖野はそちらを向いた。
 そうか私、カクラ君に――
 そのフーマが、目の前にいた。
「お前、大丈夫か?」
「え? あ、うん」
 状況が分からない。
 確か、鐘が鳴って、アルティアが緊急警報だと言って、皆がパニックになって……
 でも、これは――
 色が、無かった。目に見える全てのものから色彩が失われていた。
 あれほど激しく鳴り響いていたはずの鐘の音が聞こえない。それどころか、何の物音もなかった。
「おい、しっかりしろ!」
 フーマが肩を揺さぶる。
「これは――」
「俺にも分からない」
 総ての動きが停まっていた。アルティアが両手を挙げて落ち着くように指示しているまま、リーウが必死の表情で暖野に手を伸ばしている姿勢のまま静止している。逃げ出そうとする生徒、蹲る女生徒、各々がそれぞれ取っていた行動の瞬間のまま完全に動きを止めていた。
「どうして……。何が起こったの?」
 暖野は訊いた。
「俺も初めて聞いたが、ワッツは緊急警報だと言っていた」
「一体何が――」
「とにかく落ち着け」
 こんな時に、落ち着いていられるはずが――
 無茶だと思いフーマを見ると、彼は意外なほどに冷静なのが見て取れた。
「私たち、どうしたらいいの?」
 暖野は不安になって訊く。
「どうしたらいいと思う?」
「そんな、私に訊かれても……」
 逆に問い返されて、答えに詰まってしまう。
「お前も、薄々は勘づいているはずだ」
「何を? みんなを気づかせる方法とか?」
「それが出来ると思うか? もしそうなら、お前は既にそれをやっているんじゃないのか?」
「……」
 暖野がそれをしなかったのは単に気が動転していたためであって、有効な手段かどうかを判断してのことではない。
「まずは現状を受け容れろ」
 フーマが言う。
「受け容れろったって――」
「やり過ごすことも拒絶も出来ないのなら、受け容れるしかないだろう。それが出発点になる。そして、現状に納得いかないのなら何をすべきか、事態打開の可能性を探る」
 暖野は考えてみる。
 混乱のさ中に停止したままの教室内を見回す。
「ここに、いても仕方ない……って?」
 これくらいしか、暖野には思い浮かばなかった。
「そうだ」
 フーマが言う。「だとすれば、この状況で動いている可能性のある場所へ向かうしかない。分かるな」
「ええ」
「行くぞ」
 言われるままに、暖野は教室を後にする。必死の形相のまま凍り付いているリーウを置いて行くのは心苦しいが、この際他に選択肢はない。
「どこか、心当たりはあるの?」
 暖野は訊く。
「ああ。お前も――」
 フーマが言いかけて言葉を切る。「タカナシも」
「もう、どうでもいい」
 この際、呼ばれ方に拘ってはいられない。
「そうか」
「で、どこに?」
「ああ、回りくどいことはやめて、学院長室に行く」
「うん」
 暖野は言った。「それが一番いいと思う」
 院長室へ向かう途中の廊下にも、慌ててどこかへ走って行こうとする生徒や急な警報に驚いた表情のままの教師の姿があった。色を完全に失った世界で、動くものは暖野とフーマだけだった。
「あの、私……」
「ああ、そうだな」
 フーマが言う。「お前、帰れないんだろう?」
「う……うん」
 彼が来たのは1時間目のうちで誰とも話していないはずなのに、何故それを知っているのか。
「それは心配ない」
 どうしてフーマはいつも、こんなに落ち着いて自信満々なのか、暖野は不思議だった。
「どうして?」
「恐らくだが、それは誰のせいでもない。言うまでもなく、お前のせいでもない」
「じゃあ……」
「あくまでも俺の憶測だが、今のこの状況もそれに関連している」
「だったら――」
「違う!」
 それも自分のせいなのではないかと言いかけた暖野を、フーマは厳しい口調で制した。いつも冷静で感情を表さないはずのフーマの、声音も眼光もこれまでの印象を覆すに足るものだった。
 暖野は気圧されて黙った。
「お前のせいじゃない。何でも自分のせいにするな。分かったか」
「え……、あ、はい」
「お前に、それだけのものを背負う覚悟はあるのか?」
 フーマが訊く。
「そんなの……あるわけない」
「じゃあ、訊き方を変える。お前はそれをやるだけの力があるのか?」
「……」
「酷な質問だというのは分かっている。その力に自信もなく覚悟もないのなら、無暗に自分を責めるな」
「……はい」
 言い方は厳しいが、自分の不安を宥めてくれている。その気持ちは暖野にも解った。
「ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない」
「うん」
 二人は、学院長室の前に着いた。
「いいか?」
 フーマが確認する。
 暖野は無言で頷いた。
 フーマはノックも無しに扉に手を掛け、そして引いた。
 室内には学院長のイリアン、一度だけ見かけた学寮部長、他にまだ会ったことはないが明らかに重鎮とみられる数人がいた。皆、何か議論を交わしている最中のまま静止している。
「くそっ」
 フーマが悪態をつく。「ここもやられていたか」
「どうするの? ここがダメなら――」
「駄目なら、次を考える。それしかないだろう?」
「他に、何か出来ることはあるの?」
「ある」
 フーマが断言する。
「お前、頼る前に考えろ。考えることを放棄するな。考えられないなら感じろ。答えを求めるな、受け容れるんだ」
「そんなこと――」
「お前になら出来る」
 何よ、その無茶ぶり。前もそうだったけど、何でそんなに自信たっぷりに言えるのよ――
 圧され気味になりながらも、暖野は納得いかない思いを抱く。
「理不尽だと思っているんだろう?」
 フーマが言う。まるで暖野の思いを見透かしているかのように。「その思いのエネルギーを、別の方向へ向けるんだ。俺の方ではなく、この問題を解決出来る可能性の方へ」
 励まされているのか貶されているのか分からないまま、暖野は考えた。いや、考えるのではない、意識を無意識の方へ、無意識から意識の方へ、双方向のルートが開くようイメージした。
「図書館」
 暖野は言った。
「よし、上出来だ」
 フーマが言う。「来い」
 連れられて、図書館に向かう。
 そこも、やはりモノクロの世界で生徒や教師がその時のままに凍り付いていた。
「あ……」
 暖野は見えるものの色が無いことや停止したままの人々以上の違和感を感じて声を上げた。「あれ……」
 その違和感の方を指さす。
「あれが、どうかしたのか?」
 どうやら、そのことにはフーマも気づいていないらしい。
「あんな所に、扉があったっけ?」
 暖野は図書館に一度きりしか来たことがない。だが、校舎の構造上、そこにあるはずのない扉があった。もちろん、前に来た時にはそれは無かったし、その時には腰の高さの書棚があったはずの場所だった。
「お前には、何か見えているのか?」
「あなたには、見えないの?」
「窓がある。それと本棚」
 フーマにどのように見えているのか、暖野には分からない。だが、その方向に確かに扉がある。
「あの向こうに、何があるのかしら?」
「さあな。俺には見えないから」
「行ってみていい?」
「お前が、そう言うなら」
 フーマが言う。「謎があるなら、それが鍵かも知れない」