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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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長い長い序章 0. プロローグ


「――だって。ねえ、暖野(のんの)もそう思うでしょ?」
 宏美が同意を求める口調で言った。
 しかし暖野がいっこうに反応を示さないため、その声はじきに苛立ったものになる。
「ちょっと、暖野!」
「え? 何?」
 暖野は我に返り、慌てて訊く。
「うそ、全然聞いてなかったの?」
「うん……。ごめん」
「ひどいじゃない」
 宏美がふくれる。
「ひどいって、何が?」
 わざとではないにしても、暖野の声は自然ととぼけたようなものになる。そもそも何が酷いのかさえわかってはいない。
「だって、私の話、ちっとも聞いてなかったんだからさ」
「ごめん……」
 何が何だかわからないにせよ、話を聞いていなかったことは事実なので、暖野は再び謝った。
「ねえ、どうしたのよ。最近の暖野、なんだか変よ。悩みごとでもあるの? 私でよかったら相談に乗るけど」
「べつに、悩んでるわけじゃないわ」
 暖野は素っ気なく言った。
「そう? ほんとに?」
 宏美が暖野の顔を覗き込む。
 その表情は、暖野の言葉を端(はな)から信じていないのを如実に物語っていた。
 暖野はその眼差しを受け止められずに目をそらした。
 金津宏美と高梨暖野は高校の同級生で、現在二年生。今は部活を終えての帰り。正門を出て、バスの走る県道までの坂道の途中で二人は立ち止まっていた。
「やっぱり……」
 宏美が言う。「何か隠してるんだ。水くさいじゃない」
「隠してるって?」
「すっとぼけたって無駄よ。だいたい暖野は、そういうのって恐ろしく下手なんだから。正直に言っちゃいなさいよ」
「……」
 暖野は恨みがましい目つきで宏美を見た。しかしそれも長続きせずに、深い溜め息をついた。
「宏美には敵わない」
「そうそう、分かればいいのよ」
「何だか、偉そうね」
 勝ち誇ったような宏美に、暖野は言ってやる。
「そう?」と、宏美。
「べつにいいけど」
 言い合っていても仕方がない。戯れている間に本題を忘れてしまうような宏美ではない。
「ね、話してよ」
 興味津々の表情の宏美が顔を寄せてくる。
「うん……。でも本当に、悩んでるんじゃないのよ」
「じゃあ――」
「ひとつだけ言っとくけど」
 暖野が宏美の眼前で人差し指を突き立てる。「間違っても、宏美の思ってるようなことじゃないからね」
「ほ……ほんとに?」
 いきなり反撃されて、宏美が少し後ずさる。
「ほんとよ。嘘ついてどうするのよ。――ま、自慢にもならないけどね」
「あ~あ。どうして私たちにはいっこうに浮ついた話がないのかねえ」
「そういう年寄りじみた言葉遣いしてると、もっと遠ざかるかもよ」
「鋭いご指摘、感謝するわ」
「まあまあ、そう拗ねないの」
 暖野は宏美の肩を軽く叩いた。
「――で、さっきは何を言ってたの?」
「何って?」
 それまで暖野を問い詰める方だった宏美は、突然自分が訊かれる立場になって間の抜けた顔をした。
「私に訊きたいことがあったんじゃないの?」
 暖野が言うと、宏美は「ああ」と、ようやく問いの意味を理解したようだった。
「立場が逆転しちゃったわね」
 宏美が苦笑する。
「どうせ、クラブの愚痴だとは思うけど」
 暖野は言ってやった。
 暖野はワンダーフォーゲル部、宏美はバレー部に入っている。
 登山は優勝を狙うようなスポーツではないため、練習といってもせいぜい基礎体力の向上と維持のためのものである。しかしバレーボールは当然優勝を目指すものだし、体力に加えて技も磨かなければならない。もちろん登山にも技術は必要だが、それは競うようなものではない。
 全員参加で比較的和やかなワンゲル部に較べて、バレー部では上下の関係の厳しさに加えて同級生の間でも対抗意識が激しい。その分、当然愚痴も多くなろうというものだ。
 こういうことでは、暖野は聞き役に徹していることが多かった。人の悪口に同調するのは苦手だし、事情もよく分からないまま深入りしたくはなかったからだ。
 普段は部活の関係で二人の下校時間は別々だった。今日は早く終わりそうとのことで、暖野はお気に入りの図書館で時間をつぶし、久々に一緒に帰ることになったのだった。
 秋も深まり、夕闇迫るこの時間になると、気温も一気に下がってくる。道の両側の雑木林を騒がせる風も、かなり冷たくなってきている。
 暖野はこの風を、恋風(こいかぜ)と密かに呼んでいた。
 この季節、特に夕方から夜にかけて吹く風は独特の憂いを含んでいる。この風は暖野の心の隙間に入り込み、どうしようもなく人恋しくさせるのだった。
 だから、恋風。
 ただ、この風が憂い以外のものを暖野に運んできたことは決してなかった。暖野はこの風を好きでもあり、嫌いでもあった。彼女が秋の生まれであることもひとつの原因かも知れなかった。
 暖野は小さく息をついた。宏美はそれには気づかないようだった。それとも、暖野の小さなため息にはもう慣れてしまったのか。
「あ、来たみたい」
 宏美が、幅の広い二車線道路の彼方を指さした。
 二人は再び歩き出し、坂の下に着いたところだった。
 暖野は腕時計を見た。定刻より3、4分早いが、珍しくもない。前のバスが遅れているのだ。
 暮れなずむ田園地帯をバスがやってくる。
 バスはふたりの前で停車した。ブザーが鳴って扉が開く。
「じゃあ、また明日」
 宏美が手を振る。彼女は暖野とは反対方向のバスに乗る。
「うん、じゃあね」
 暖野はステップに足をかけた。
 動き出したバスの窓からもう一度手を振り、暖野は座席に身を沈めた。
 この時間帯、駅へと向かうバスは回送同然だ。
 宏美は駅とは逆方向にある団地住まいだが、二人の乗るバスは同じ系統。そもそもが私鉄の駅と、この近辺に散在する新興住宅地を巡る循環バスなのだ。一部団地止まりのものもあるが、ほとんどはどちら向きのバスに乗っても同じ駅に着く。
 暖野が宏美と同じ方へ向かうバスに乗らないのは、単にそれが遠回りになるという理由からだった。
 次の停留所の案内が車内に虚しく響く。駅への道は渋滞もなく、バスは遅れを取り戻すかのようにノンストップで走り続けた。
 しかし、暖野はそんなことなどどうでもよかった。帰りに駅までの間、自分一人だけだということなど珍しくもなかったからだ。
 暖野が今、気にかけているのは、先日親戚の時計屋に預けた時計のことである。
 買い物のために宏美と待ち合わせた店でその時計を見つけたのは、ちょうど一週間前のことだった。