ひょっとこの面
04.困惑
意外な返答に、私は困惑を隠し切れなかった。
それこそ私は、奥の間で新山が新作の面の設計でもしている最中で、女を説き伏せて10分でも、いや5分でも、顔合わせの時間を作れないものだろうかと思っていたのだ。あるいは、新山が所用や取材などで不在だったとしても、数日中には会う時間が取れるだろう、という目算を立てていたのである。
私は自分自身の困惑を一先ず置き、泣きじゃくる女を取り敢えず宥めにかかる。
「そうでしたか。それはお気の毒なことです」
「ごめんなさい。泣いてしまって」
女はハンカチで目元を拭っている。多少は落ち着きを取り戻しただろうか。
「丈吉さんは、いつ頃から居なくなったんですか?」
「……、3月の中旬ごろでした」
この返答を聞きながら、私は手帳を取り出し3月のページを開く。3月の中旬の欄には、先日私がひょっとこと出会った美術展である『伝統芸能と面』の出品〆切りの日付も書かれていた。ということは、新山はひょっとこの面を造り上げた、その後に失踪したということになる。
新山は、面の出来が気に入らなかったのだろうか。しかし、だとすればわざわざ美術展に出品して、人目に晒すようことはしない筈だ。
「失礼ですが、何か丈吉さんが姿を消すような、心当たりとかはありましたか」
女は暫く考え込んでいいたが、やがて小さく頭を振った。
「うーん」
新山の失踪理由もその行方も判然としない状況を目の当たりにして、私は自身の困惑がさらに重く圧し掛かってくるのを感じていた。
私の計画では今週〆切の雑誌連載に、新山本人と新山が造ったひょっとこを、大々的に紹介し、我々の下克上計画の幕を切って落とす筈だったのだ。だが、肝心の新山のコメントを取るのが難しい状況。私は、計画の変更を迫られ、腕を組んで考え込んでいた。
まず、今週〆切の雑誌をどうするか。新山のコメントを抜きにして、ひょっとこのことを先行して書いてしまうか、予備の記事を載せてお茶を濁すか……。だが、次号までに新山が見つかるとは限らないし、予備の記事など幾つもあるわけではない。それに件のひょっとこは、大枚をはたいて買い取った私の手元にあるとはいえ、他人に出し抜かれて記事にされないとも限らないのだ。
どう考えても、状況はひょっとこについてのみの記事を先行して掲載する方が、優位だと思われた。だが、これほどまで否定的な材料が揃っていても、私は、新山のコメントとひょっとこの両方で雑誌を飾りたいという気持ちが、頭をもたげてくるのを抑え切れないでいた。完璧な形で、衝撃的なデビューを飾らせたい。それほどまで、私は新山とひょっとこに賭けていたのだ。
危険な勝負を仕掛けて良いものかどうか……、心中でリスクを推し量る中、声が聞こえた。
「あのぅ……、すみません」
女が遠慮がちに、私に声をかけていた。
「あ、申し訳ありません。ついつい長居をしてしまって」
身分を明かしていても、旦那不在の家に初対面の男が長居をしているのは、気分が良くないだろう。
「いえ、そうじゃないんです」
女は躊躇していたが、やがて意を決したのか、はっきりとした口調で言った。
「夫を、丈吉を、私と一緒に探して欲しいのです」