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大地は雨をうけとめる 第6章 シリンデの領域

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 下卑た笑を浮かべながら、老人は仕事に戻って行った。ややあって、アニスはヘゼナードの方を振り返った。
「ホユック・ナケルバンって聞いたことないか?」
「いいや」へゼナードは首を振った。「誰だ、そりゃ?」
「神和家の一つだったナケルバン家の最後の当主だ。斎宮院の巫女七人を犯して、そのうち六人を侍従に殺させた。」
 侍従も七人目の娘になると、罪の恐ろしさに耐えきれなくなったのだろう。殺さずに逃がしてやった。
 だが、娘は身を投げた。仔細を書きおいた遺書を残して。
 それで事が露見し、ナケルバン家は廃絶。神和師が異性との交わりを禁じられるきっかけになった事件だった。
「そのナケルバンなら聞いたことがある。ホユックの侍従は、娘が自殺したことを知って、毒をあおいで死んだんだろ」へゼナードは深く息をつく。「……主人のために人殺しまでしなきゃならない侍従って、何だろな」
「うん」
 重い空気が漂う。
 自分だったらどうしたのか。アニスは考える。年少の頃からつき従う主人は、一心同体とも言っていい。だからこそ、主人の暴走を止められなくなってしまうことも起きてしまう
『寄り添いながらも、冷徹な観察者でいろ』
 デナンがよくアニスに言っていたのは、そんな状況を避けるためなのだろう。
 へゼナードが思い出したように顔を上げた。
「そんなことより! 道を探さないと、おれたち死んじゃうぞ」
「うん」
 うなずいたものの、アニスに切迫感はなかった。父が病に伏しているへゼナードはなんとしてもカデリに戻りたいだろう。だが、アニスの方は……。
 帰らねばならない理由が見つからなかった。
 侍従なんか僕でなくても代わりはいる。今の御寮様なら、きっと、僕以外の人間が侍従になっても大丈夫だろう。それは御前様やデナンさんだって同じだ。オリンジェだって代わりを見つける。

(どこへ行けばいい? 誰も僕を必要としていない)