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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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星のラポール

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 小さな輝点を中心に闇が拡がる。俺はただ、目の前で繰り広げられることを呆けたように見ているばかりだった。
 闇は、ただの闇ではなかった。光の点があちこちにある。宇宙だ。彼女はどういう仕組みでか、この部屋をプラネタリウムに変えたのだった。
「ここが、あんたの星のあるところ」
 青でマークされた位置から輝線が伸びる。それはどんどん伸びてゆき、見えている宇宙空間もズームアウトし、ある一点で停まった。そこには赤でマークされたもう一つの輝点があった。「そんで、ここが私の出てきたところ」
「ずいぶんと遠い所から来たんだな」
「そう? そんなこともないよ」
 周りの宇宙空間が、これはどう表現していいのか俺には理解を超えていたが、それが歪んだかと思うと折り紙を折るように多重に折り返されてゆく感じと言えばいいのだろうか。二つのマークされた輝点が重なる。
「宇宙なんて、点も線も面も同じだから」
「もういい、訳が分からなくなってきた」
 俺は見せかけの宇宙空間に浮かびながらビールを飲んだ。テレビも棚もないのに、俺達だけがテーブルと共に漆黒の中に浮かんでいる。なんだか安っぽいSFのようだ。
「宇宙なんか、折りたたんじゃえば距離も時間も関係ないの」
「ふうん……」
 適当に返事しつつ、ワープがそんな感じの理論の応用だったよな、などと考える。では、この妖精もどきは、いきなり湧いて出ることも出来るということなのかと、俺は小生意気な小女を凝視する。
「な、何よ?」
「いや、お前って、何気にすごいんだな」
「あったり前じゃん」
 ノーチェが胸を張る。「わかったら、お代わりちょうだい」
「お前、飲み過ぎはよくないぞ」
「この感じは知ってる。だから大丈夫」
「酒飲みか」
 俺は自分の分のビールを空けた。体の大きさからすれば、俺はノーチェの何分の一も飲んでいないことになる。買い置きの食料を思い出し、味付け海苔、ふりかけ、クラッカーをテーブルの上に置いた。
「なんか食えよ。空きっ腹に飲んでばっかりだと悪酔いするぞ」
「あら、意外と優しいのね」
 ノーチェが言う。「でも、いいわ。夜に食べると太るから」
「これは太らないぞ」
 ふりかけを小鉢に開ける。
「そうなの? じゃ、ちょっとだけ」
 彼女が手に取ると、まるで煎餅のようにも見える。「ん? これ、美味しいじゃん」
「な? 適当に食えよ」
「うん。ありがとう」
 会話だけ見れば普通に、いや普通じゃないかも知れないが、少女と男のものだ。でも、俺はソファベッドに座り、ノーチェはテーブルの上に胡坐をかいている。身長差17倍ほどある男女の会話なのだ。なんて馬鹿々々しい。ノーチェの無邪気さに微笑んでさえいる俺は、いったい何者なんだ?
 まあ、相手が犬でも猫でも、喜んでいるのを見れば素直にこっちも嬉しくなる。そう、それと同じなんだ。
「あんたは食べないの?」
 ノーチェが俺を見ている。そうか、弁当のことをすっかり忘れていた。
「ああ、食うよ」言いながら、冷蔵庫からもう一本ビールを出した。
 しばらく無言で飲み食いする。
「お前、その羽根は、もう生えて来ないのか?」
「ん?」
 ノーチェが背後に首を回す。「生えてくるよ。でも、環境によるから完全に元通りになるまで、どれくらいかかるか分からないの」
「そいつが直るまでは、帰れないってことか」
「そう」
 ノーチェがうなだれる。
「お前、ロボットなのか?」
「ロボット? 機械ってこと? 違うよ」
「だってその羽根は機械みたいなものなんだろ? えーと、何だったか……」
「発信機」
「そう、それだ。その発信機は機械だろ?」
「うーん」
 ノーチェが困ったような顔をする。「機械と言えば機械みたいなものかもしれないけど、そうじゃないの。そう、私の体のエネルギーの外部端末って言うか。説明しろって言われても――」
「まあ、要するに、お前の身体の一部には変わりがないってことだな」
「そう。――それと、私はノーチェ!」
「ああ、すまんすまん。それで、お前――ノーチェはなんで地球に来たんだ?」
「ああ、それね」
 彼女はふりかけの海苔を食べて言った。「ちょっとした気晴らし」
「気晴らし?」
「そうよ。たまに、何も考えずに、かっ飛ばしたくなるでしょ?」
「ああ……」
 俺もバイクに乗る。ムシャクシャしてる時とか、田舎の方まで飛ばしたりする。それと同じか。
「べつに地球に興味があったわけじゃないんだな」
「あったわよ」
 意外な返事。
「どんな?」
「この星で最も高等とされている生命のオスは、全宇宙で最も性的に野蛮だって。それが本当かどうか調べに来たのよ」
「おいおい、それって、どういう意味だよ」
「私が知る限りでは、年中四六時中発情してるんでしょ? 機会があれば見境なく交尾しようとするんでしょ? それだけじゃなく、目に見える範囲のメスには手当たり次第触ろうとするとか」
「うーん……」
 情報に偏りがあるとしても、遠からず当たっている部分があるために反論できない。
「でも、あんたは違うのね」
「は?」
「私を捕まえて、どうこうしようなんて思ってないでしょ?」
 俺は笑った。
「なんで笑うのよ」
「お前、人形みたいだし」
「失礼な!」
「まあ、確かにお前の言う通りの奴も多いがな。そんなのばかりでもない」
「ふうん。習性的に野蛮ってわけじゃないんだ」
「そう思ってた方が安全だけどな」
「どっちなのよ」
「人間なんて、所詮は騙し合いなのさ」
「なんだか、寂しい種なのね」
「まあな」
 知らぬ間に2本目も空けてしまい、どうしようか迷う。もう少し強い酒の方がいいか。どうせ明日は休みなんだし。俺はグラスに氷を落として濃いめの水割りを作った。
「何、それ?」
 案の定、ノーチェが訊いてきた。
「水割り、ビールより強いから、お前には向かない」
「私のこと、知らないくせに」
「知らなくてもだ。よく知らない異星人のものを、易々と口に入れるのは良くないだろ」
「あんた、真っ当なことも言えるじゃん」
「俺は真っ当なことしか言ってないつもりだが」
「ま、あんたの言う通りだし、それはいらない」
 と言いつつも、ビールを要求してくる。そうなるとは分かっていたから、冷蔵庫にさっきの飲みかけを入れておいた。
いつの間にか軽い晩酌のつもりが本格的な飲みになってしまっていた。
「で、お前がまた飛べるようになる別の方法って、何なんだ? あれだけ凄いことができるのに、飛ぶのだけはできないとか、変じゃないか」
「あれは、ただの見せかけ。ほら」
 ノーチェはテレビを指す。「この箱は色んなものを見せるけど、実際にそこに入って行けないでしょ。見せるだけなら簡単なのよ」
「で、別の方法って? なんか難しいとか言ってたよな」
「そう。色々思い出したんだけど、そう気安くできることじゃないの。問題とかあるし」
「問題?」
「今は、これ以上は言えない」
「そうか」
 空に帰れる方法があり、そうしたいにも関わらず、採るべきでない選択か。小さいなりに、ちゃんと考えてるんだなと俺は思って、それ以上は突っ込まなかった。
「私、しばらく、あんたのところにいていい?」
 俺は口に当てていた水割りを吹きそうになった。「ああ? なんでだよ?」
作品名:星のラポール 作家名:泉絵師 遙夏