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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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星のラポール

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「私、謝らなきゃ」
 ビールを注がれたキャップを前にして、ノーチェがうなだれる。
「なんでだ?」
「私、あなたを騙してた」
「騙す?」
「ううん、そうじゃない」
 ノーチェがかぶりを振り、しばし沈黙する。「そうじゃなくて、羽根を直す方法とか」
「簡単に直せるなら、そうすればよかっただろ?」
「そうもいかないのよ」
「どうしてだ?」
「フナデとずっと一緒にいて、今日もこんなに私のためにしてくれて、だから、フナデなら信用できるって確信したの」
「確信?」
「そう」
 ノーチェは俺の目を真っ直ぐに見つめる。その瞳が潤んでいる。「それはね。真実の願いをひとつ、叶えることなの」
「願い?」
 俺は問い返す。
「ううん」
 ノーチェがかぶりを振る。「ただの願いじゃダメなの、真実の願いでなきゃ」
「真実の願いって?」
「フナデは、どんな願いがあるの? ひとつだけよ。たった一つ」
「そうだな……」
 俺は考える。そんなに真剣に何かを求めたことがあっただろうか。中学時代の片思い? それはもう過ぎ去ったことだ。分かれた女とよりを戻したいとも思わない。人の気持ちを何かで拘束したくはない。じゃあ、金か? 宝くじで一等前後賞億単位の金を得るか。それも、あまり本気で欲しいとは思わない。改めてただ一つ欲しいものを問われると、困ってしまう。
「そうだな」
 俺は繰り返す。そして、ノーチェを真っ直ぐに見た。
これしかないだろ? だって、俺は……
「ノーチェ」
 俺は改まって言った。「俺の願い、聞いてくれるか」
「それが、ほんとうの願いなら」
 ノーチェも、その小さな瞳で俺を見返す。
「ノーチェ、お前が自由であれるように」
「うん」
 ノーチェが微笑む。「フナデなら、そう言ってくれると思った」
「一億円欲しいって言ったら、どうするつもりだったんだ?」
「それは出来ないの」
「どうしてだ?」
「だって、私はお金を作れない。どっかから持って来ないといけないから」
「そうだな」
 俺は笑う。
「私、あなたなら信用できるって、思ってた」
「俺をか? 冗談言え」
「ううん。フナデは、たったひとつの願いを自分のために使わなかった」
「俺は、ずるは嫌だからな」
「馬鹿」
「馬鹿とは何だ」
「それで損ばっかりしてるくせに」
「何を分かったようなことを」
「知ってるよ。仕事から帰って落ち込んでるのとか、見てたらわかるもん」
「そんなに露骨に凹んでたか?」
「お酒の量が証拠」
 こいつの観察眼は半端じゃないな。まるで無言で問い詰めてくる嫁のようなものだ。
 嫁――?
 改めてノーチェを見る。
 彼女はニコニコと俺を見つめている。まるで、何もかもお見通しとでも言うかのように。
「女ってやつは……」
「何?
「いや、何でもない」
「ねえ、あなたの願いごと、ちゃんと言って?」
「ノーチェが帰れるように、自由になれるように」
「私の目を見て。私の目を見ながら、三回言うの」
 なるほど、流れ星に願いを、か。いいだろう。
 俺はノーチェの瞳を真っ直ぐに見据えながら、彼女が自由にどこへでも行けるよう、自由な生き方ができるよう、それを言葉にした。この願いは二つなのだろうか? いや、根源ではひとつなのだから問題ないだろうとの思いで。
 ノーチェの身体が青緑の光に包まれる。彼女はテーブルから浮かび上がってゆっくりと回転し始めた。眼は閉じられている。
 一瞬の光の爆発があったかと思うと、部屋は何事もなかったかのように静まり返っていた。
 そして、ノーチェの姿が消えていた。
「ノーチェ?」
 俺はその名を呼ぶ。
「ここよ」
 彼女は、俺の後ろにいた。
「お前……」
「だって、仕方ないじゃん」
 彼女が抱きついてくる。強く、俺の体に腕を巻き付けてくる。
「おい、待て。お前は自由になれるんじゃないのか?」
「私は自由よ」
「帰りたくなかったのか?」
「それが、何?」
 ああ、女のこの目は全ての理不尽を自分で消化してしまうものだ。やっちまったか。
「帰りたくないのか?」
「帰って来たよ」
「はあ?」
「フナデ」
 言葉を返そうとする口を、柔らかな唇で封じられる。「私、やっとホントに帰れる場所を見つけたんだ」
 唇が解放されても、俺は何も言えなかった。
「航、大好き!」
 まさかな、まさかこの俺が女に押し倒されるとはな……
 苦笑しつつ、俺もノーチェの背に腕を回した。
「俺も、大好きだよ。ノーチェ」
作品名:星のラポール 作家名:泉絵師 遙夏