ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ! Ⅱ
チキンなはるかのチキン地獄
こんにちは。
伊勢界《いせかい》トラベル&ツアーズの高穂木《こうほぎ》はるかです!
え? 何ですか?
かの有名な、し――
ちっ…違いますっ!
あれは全部、さやかさんの仕業なんです!
ごふっ!
フライドチキンのおっさんに頭突きされ――いや、して……じゃない。
させられてしまった。
「人のせいにしないっ」
さやかさん、だからっていきなり頭押さないでよ
いや、このおっさん固すぎでしょ。
にこにこ笑ってる場合じゃないよ。
「いいじゃない、どうせ、さやかさんは恥かかないんだし」
言ってやる。さやかさんに。
ってか、あんた人じゃないでしょ?
さやかさん。
研修のときについて来た幽霊。
幽霊のくせにお化けとか怪談が怖いっていう、変なやつ。
ああ、今日はですね。
遊んでるじゃないんですよ。
その顔で言っても説得力ないって?
ほっといてよ、好きでこうなったわけじゃないんだから。
今日は急なお客さんが来るというので、社長からお菓子を買って来るように言われて、そのおつかい中。お客さんって、普通に旅行の申し込みのじゃなくて、ビジネスの方ね。
いや、言ってる意味わからないか。
ま、いいや。
そんで、デパートに向かってるところ。
途中で寄り道して、アイス買って食べてた。
ふたりで。
ん?
これでいいのかな?
ひとりと一体?
幽霊って、ひとり、ふたりでいいんだっけ?
さやかさんは、ご飯食べる時とか、私にちょっと憑りついてくる。
今もそう。
さやかさんと一緒にアイス食べてた。
そんな時に、チキンおじさんに頭突きさせられたもんだから、当然顔面にアイスが……
ってか、今の衝撃でちょっとだけ……
ごめんなさい。
「お化粧やり直しじゃない、もう!」
ハンカチで顔を抑えながら、フライドチキン店に入る。
まさか、こんなことになると思ってなかったから、お化粧品はオフィスに置いたまま。
すっぴんかアイスまみれか選べって言われたら、もう、すっぴんの一択しかないし。
まあ、とりあえず綺麗に顔洗って。
でも、そのままお店を出るわけにも行かず。
って、さやかさん!
なんで並んでるのよ!
お昼にお肉食べたじゃないのっ。
え? なんだって?
だめ。
さやかさん、昔を思い出して急に食べたくなったって。
嫌です。
そんなに、お肉ばっかり食べてたら、太っちゃうから。
さやかさんはよくても、太るのは私なんだから。
「買わないよ」
でも、お店に悪いのでドリンクだけ買おうと並ぶ。
それでも、あんまりいいお客じゃないかも知れないけど。
で、私の順番。
「すみません」
メニューのドリンクを選ぼうと――
あ……
「あれをお願いします!」
はぅあっ!!!!!?
ダメ、ダメったら!
「急ぎでお願いできますか!」
私じゃない。
私じゃないからね!
おのれ、さやか。
さやかさん、注文する瞬間に私に憑りついてきて、一番高いやつを頼んだ。
でも、周りから見たら、間違いなく私が注文してるわけで。
しかも、店員さんより大きい声で。
うぅ……恥ずかしい。
ってか、どうすんのよ。
預かって来たお金、もうなくなっちゃうよ。
お菓子、買えないよ。
怒られる。
どうしよう……
「せっかく美味しいお菓子、買うつもりだったのに」
「じゃあ、取り消そうか。お菓子もいいよね」
「あんたね、なんにも考えずに行動するんじゃない」
「うん、分かった」
入ってこようとする。
「あ、ダメダメ。今更取り消しなんて」
だって、店員さんが一所懸命チキンを詰め込んでる。
仕方ない。帰ったら謝ろう。
ああ……
おやつがフライドチキンなんて、いなくはないだろうけど、あんまり多くはないはず。
例えば……
こんな人とか。
こんな人とか、こんな人……とか?
「うぃっす」
うん。
鉢合わせしてしまった。
あのお相撲さん。
「あ、くっスラの海!」
さやかさん、あんた何言ってる?
また勝手に変な名前つけるな!
おえっ。
思い出した。
ああ、くっスラってのは、くっそ不味いスライムを、さやかさんが勝手に略したやつ。
んで、このお相撲さんは、それを美味しいって私に薦めた人。
だからって、くっスラの海は失礼。
「ああ、先日はどうも」
私は頭を下げる。
「ガイドさんも、おやつですか?」
「まあ……」
違う。違うけど、違わない。
「俺もっす!」
って、私が持ってるのと同じサイズのを二つも。
あなたと一緒にしないでください。
「ガイドさんと同じものを食べられて、嬉しいっす!」
いや、嬉しくないし。
無理やりこうなっただけだし。
「よかったら、これから一緒に食べないっすか」
遠慮しときます。
食べないっす。
「あの、会社のおつかいで。これはお客さまにお出しする――」
おやつじゃないよね。おやつのつもりだったけど。「軽食です」
そう言うしかない。
「そうっすか」
残念そうな、お相撲さん。「じゃあ、これ、あげるっす!」
あ、いや。
もういいですから。
うっ。
私のバケットの上に、もう一つ載せて来た。
「いえ、どうぞお気遣いなく」
顔が引き攣《つ》る。
でも、営業スマイルが出てしまう自分が哀しい。
「じゃあ、俺は戻るっすね」
子どもみたいにバイバイして去って行くお相撲さん。
二段重ねのバケットを抱えながら、呆然と見送る私。
「はは~ん」
さやかさん。
「何よ。早く戻らないと、怒られる。行くわよ」
ってか、重いから。
早く戻ってしまいたい。
「くっスラの海、はるちゃんのこと気に入ったみたいね」
「なっ――」
何を言う!
ってか、くっスラの海じゃないでしょ?
「まぁまぁ」
こら。脇腹を突っつくな!
ってなわけで、オフィスに何とか到着。
もう、手が痺れて……
「これはまた、変わったお菓子ですね」
って、友重《ともしげ》社長。
嫌味ですよね。
「これは……」
「まあ、いいですよ」
社長が笑う。「今日のお客は、こういうサプライズには理解があるので」
そんで、私を真っ直ぐに見る。
「でもですね。どうせサプライズなら、もっと、こう……」
いや、いいです。
変なもの買いに行かされたりするのは、ごめんです。
「すみません」
謝っとこう。
色んな意味で。
「それにしても、二つは多すぎますね。一つは自分で持って帰ってくださいね」
「……」
せめて、みんなで分けましょうとか、言ってください。
あ、そっか。
一つで充分なんだ。
うぅ……
昼もおやつも晩ご飯もお肉。
「冷凍してチンしたらいいだけやん」
さやかさん。
誰のせいだと思ってる!
そろそろ真剣に、こいつの祓い方を考えないと。
あ、お客さまだ。
「はい。ようこそお越し――」
こらっ!
さやかさんっ!
おやつはまだ!
入ってくるな!
「チキン♪」
嫌だぁー!
私じゃない!
私じゃないのよぉぉぉ!
作品名:ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ! Ⅱ 作家名:泉絵師 遙夏