エンペドクレスの羊
――記憶の消し忘れは、わたしの責任よ。今度こそ、ちゃんと消してあげる
ルラビィ、消さないで――!
――私の名前、知ってるの!?
お願い、消さないで。死ぬの。死ななきゃいけないの。でなきゃ、殺されるの――
――あなた……
私は真悠子。前も、真悠子だった。同じ。だから――
――違うわ。きっと、そうよ。前に幸せになれなかった分を取り返すために、あなたは生まれてきたのよ
違う。まだ奪い足りないから。私はまだ殺されてないから。殺されるまで生きろってことなのよ――
――そんな……。そんなひどい魂なんて、あるの? ちょっと、待ってよ。前も真悠子だったって……。あなた、同じ生を何度も生きてるって言うの? え? 記憶が完全に戻ってるの? どういうこと?
私は真悠子。前も、真悠子。その前は男だった。名前は、悠真《ゆうま》。でも、その前は、また真悠子――
――嘘……でしょ?
私は、この世界に生まれてはいけないの。なのに、何度も生まれさせられるのは、どうして――?
――分からない。分からないわ
そうよね。あなたは、記憶を消すことしかできないもの。そして、その後のことはなんにも知らない――
――あなたみたいな子がいるなんて……
知らなかった? 嘘でしょ? あなたは、赤ちゃんの前世の記憶を消す。消すためには、それが何なのか知らないといけない。違う――?
――……
あなたは、私を知っていて、知らない。知らなくて、知ってる――
――あなた、何者?
私は真悠子。神様のおもちゃ――
――わたしには、神様とか分からないけど。人の命をおもちゃになんて、できるの?
できるわ。いくらでも。投げつけ、踏みつけ、ばらばらにして作り直して、動かなくなってもいじりまわして、完全にこわれて捨てられるまで――
――嫌、そんなの
だから、嫌って言ってるでしょ――?
――分かったわ。でも、記憶を消さないわけにはいかないの
それが、仕事だから――?
じゃあ、やれば? 私は忘れない。これまでみたいに――
――ごめんなさい……
いいのよ。あなたのせいじゃないから――
――ごめんなさい
ルラビィの目がひらめく。
いま、なにをしていたんだっけ――?
歌が聞こえる。懐かしい歌。何度も、なんども聞いた歌。
なにを言うのか、もう分かってる。
「こんどこそ、しあわせになれるといいね」
そう、何度も信じた。でも、もう疲れたの。忘れたふり、してあげる。
だから、今回は私から言うよ。
「ルラビィ、バイバイ」
赤ん坊が、真悠子が空に手足を伸ばす。
母親が言う。
「あら、いまはご機嫌なのね」
赤ん坊がそちらを向く。
まるで不思議なものを見るような眼差しで。
そう、私は真悠子。
閉じ込められたままの、繭子《まゆこ》。