和ごよみ短編集
《其の22》『とめど』
「処で そろそろ終わらせなぁい?
「べつにいいけどね。も少し愉しみたぁいって感じ?
「もういいって言ってるよね?
「「「どうしよぉ……
ずっと暑かった。
雨が降る前は蒸し暑くって、冷たくもない雨とじっとり汗ばむ肌に気分は曇りがち。
晴れたぁと空を見上げれば、真っ白な雲が気持ちを盛り上げるけど、暑さに苛立つ。
夏ってそんな嫌な季節だったっけ?
「そんなことないよ。いつもより遠くに行くことができたもの。
「そう? 線香の匂い、蚊取り線香の臭い、花火のにおい。それほど変わらないよ。
「もう トンボ飛んで、コオロギ跳ねて、スズムシ鳴いて んふ、楽しいよ。
「「「じゃあ そろそろだね。
夏の終わりを感じる。
朝夕はひんやりとした空気が包み込む。涼しい風が吹く。火照った頬を涼風が掠めると暑さに抵抗していた肌がふと緩む。昼間の暑さにうんざりしながらも「夕暮れになれば暑さも落ち着くさ」って寛大になる。なのに汗を拭き拭き歩く帰り道、背中を後押しするのはまだ暑い陽射しだったりしてね。
秋めいてくる景色が待ち遠しい?
「暑さは嫌われもの。
「そうよ。早くどっかに行っちゃえばいいのに、体から水分を奪っていく。
「ま、待ってよ。ほらあれ… そちらも… ね、とても奇麗だ。
「「「忘れちゃいけないね!
残したものは命の繋がり。
小さな稲の苗は、たわわに穂を実らせた。葉っぱだらけの間に大きく育った野菜が笑ってる。木に宿った小さな果実は、ひとつひとつ包まれて熟すそのときを眠るように待つ。
色とりどりに目を楽しませた花々は、愛おしく種子を抱えて盛りを終える。
暑さが治まる。
ただそう願っているのかもしれない。まだまだ暑い。
暑さに声を嗄らした蝉が ツクツクと鳴きだした。違う。耳にけたたましい声を聞かせていた蝉は、翅をきれいに揃えたたんだまま 抜け殻のように軽くかさついた体を道端に落としていた。もう蟻たちにさえ、見捨てられたただ朽ちるだけの体が風に転がっていく。いつの間にか新たな容姿と声の主に止まり木を譲っていた。
移りゆく季節。
もうすぐ秋だよ。皆その場所をその風景を静かに去っていく準備を始める。
大きな目は、優しく見つめてはくれない。繋いだ命さえ奪いかねない激しさ。
残る夏の色を洗いさらえていくように 激しく強く大地にその飛沫を打ち付けていく。
暑ささえも砕いて通り過ぎていく。
しょしょ…… 可愛らしいその言葉に
処暑…… 暑さなんてあっち行けよ、と 隠された苛立ち
日ごと感じる涼やかさに いつしか心癒されていくのにね
坦々と じょじょにしょしょ……
― 了 ―