和ごよみ短編集
その後編『風待ち』
今年もあの日が来る。
今年は例年よりも早く梅雨入りをしたようだ。
とはいえ、まだ梅雨の半ばを過ぎたのかどうか、天候が気に掛る。
でもふたつの傘を並べるのもいい。
地元を離れて何年になるかな。
あれからぼくは……
大学に入ったものの その傍らに和菓子だけでなく製菓全般の勉強をした。
いつかは親父の店を継げるようになりたいと、大学を辞めてそちらの道を進もうかと悩んだが、「何でも中途半端はいけない。職人になるんだろ?」と 親父の営む和菓子屋で働いてくれている丈(たけ)さんに言われて、一年留年はしたが卒業した。
それから、働きながら通える製菓学校に入学した。ありがたいことに親父と旧知の仲の和菓子店で働かせてもらうことができた。その人の息子・芳弘(よしひろ)さんは、ぼくよりも歳も和菓子作りの腕も上の人だ。
「大学までいって今から職人か?」
高校を卒業前から修行した芳弘さんの初めの印象はそんな感じだったのだろう。
口は少々荒いこともあったけれど、その仕事と気遣いは見習うことが多かった。
そんなある日のこと。
ぼくが 製菓学校からの留学の話があったときのこと。
世話になっている師匠というべき親父の知人にどう切り出そうかと思っていた時だった。芳弘さんが 師匠とぼくの間に入って話を始めた。
「俺は、この店が好きだ。将来のこいつの店には負ける気はしないけど、こいつが俺に対抗するにはもっと勉強と経験がいるだろうな。おやじ、俺、こいつの手も分までやるからさ…… あとは自分で言えよ」
真っ白な作業衣で正座して腕組みをしている師匠に深々と頭を下げて ぼくは留学の話を告げると腕組みを解いた師匠はひとつ頷いてくれた。
留学先では 言葉の壁は最後までぼくを苦しめたけれど、大学で取ったゼミのおかげでそれなりの成果を得ることができた。有意義だった日々の中で その年だけは帰郷せず、茅の輪をくぐりの神社へは行くことはしなかった。
あゆは行っているだろうか……
故郷の丈(たけ)さんの娘のあゆは、幾つになったのかな。ぼくとはひとまわりは離れている。
もうぼくの後ろを追っかけてくることもないだろうけど、ずっと会っていない。
だけど『ぼくの作った水無月の和菓子を食べて欲しい』という気持ちは仄かに灯ったままだ。
――「あゆね このお菓子だぁいすき」
そんなあの頃の幼い声が今も耳に残る。いや もう声も覚えてないかもしれない。
あゆも 甘い和菓子なんかより ケーキやスナック菓子もほうが好きかな? それとも体形を気にして食べないようにしているかもしれない。